シュメルツァーのヴァイオリンソナタ8曲を集めた録音。5年前に買ってほったらかしてあったCDだが、これが中々すばらしいと言えよう。
アンドルー・マンゼという演奏家はバロックファンにとってはお馴染みで、90年代の古楽器シーンには欠かせない存在だったと思うのですが、2007年に突然42歳の若さで指揮者への転向を表明し、彼の得意としたバロックヴァイオリンの演奏は、少なくとも録音で言う限り二度と新作は望めなくなってしまったかも知れない。そんな中95年にレコーディングした「sonate unarum fidium」他の録音は非常に貴重。
シュメルツァーやビーバーは即興的な要素が重要、と書いたのは以前の通りで、ここに収録された曲集はジャズレーベルのECMからも録音が出てたりしていて(vnはジョン・ホロウェイ)、コレッリ以後の世代とは違った自由な浮遊感が最大の魅力。マンゼの演奏こそ結構まじめでクラシカルで、以前紹介したドイターの演奏の方が崩しが多い印象だが、アマティやガリアーノの貴重な楽器を思う存分歌わせ、まるで現代のヴィルトゥオーゾのように朗々と演奏するスタイルは、これはこれで悪くない。バッハでこのスタイルをやられると重ったるくてちょっと勘弁してよ、と思うが、初期バロックは人によってはへろへろとして掴み所がないと感ずる方もいると思うので、ある程度押しの強さも必要かも?何となくセットで語られることの多いシュメルツァーとビーバーですが、この二人は師弟関係なんですね。ハイドンとベートーヴェンと似たような所があって、素直な抒情と歌で聞かせるのがシュメルツァー、アクが強くて時代を超越したような巨大(ちょっと大袈裟でもある)な曲を作ったのがビーバー、というイメージだろうか。不思議なことにハイドン同様シュメルツァーの方が弟子より貴族的で高貴なイメージがありますが、実際はビーバーの方が貴族だという。17世紀はヴィオール属の楽器の天下で、ヴァイオリンはまだ野蛮な楽器と考える向きもあったとされている。そんな中ウィーンでドイツ人初の宮廷楽長に上りつめたものの、すぐに伝染病のペストで亡くなってしまい、残された曲はあまり多くないのがシュメルツァーなんである。コロナが大流行する現代にある意味ピッタリな作曲家かも?
曲も演奏もひたすら端正で楽しめました。ジャケ絵はここの5曲目に収録された「キリスト教徒の勝利」のモチーフを扱った絵画ですが、この曲はトルコ軍とオーストリア軍がぶつかり合ったという史実に基づいた描写音楽なのである。実際は上の絵画ほど派手な雰囲気ではないので結構失望(笑)するのだが、やっぱり初期バロックならではの味があって総合的に非常に楽しめるという内容だ。地味に主張しているナイジェル・ノースのテオルボもいい味出してます。