池内様より情報をいただきました!
画像では記事が分からない方も多かった様なので、記事を転載致しました音譜


敗戦バネ全日本連覇 強豪と剣交え 圧勝の大切さ学ぶ :
地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)より抜粋
http://www.yomiuri.co.jp/local/tochigi/feature/CO005276/20141021-OYTAT50020.html

転載開始

強豪と剣交え 圧勝の大切さ学ぶ

フェンシング男子フルーレ団体 ソウル出場 

出野晴信さん 45

 1988年のソウル五輪で、フェンシングの男子フルーレ団体に出場した出野晴信さん(45)(前橋市出身)は、五輪での敗北をバネに全日本選手権2連覇を果たした。全盛期に現役を引退したが、現在も会社に勤めながら大学で後進を育成し、フェンシングの普及に努めている。(丸山公太)

■世界の壁 

 〈日本の男子フルーレ団体は予選グループD組に所属。1988年9月26日、選手層の厚いイタリア、ハンガリー、開催国・韓国との連戦に臨んだ〉

 一番印象深かったのは、ソウル五輪の男子フルーレ個人を制したイタリアのステファーノ・セリオニ選手と剣を交えたことです。身長1メートル75くらいだった私に対し、セリオニ選手は1メートル90はあったでしょうか。サーベルが触れた瞬間、相手の圧倒的な力が分かりました。

 そんな相手の攻撃のタイミングをずらそうと、私はサーベルを下げたり、距離を取ったりして挑発しながら攻めました。何とかポイントを取りましたが、3―5で負けてしまいました。

 セリオニ選手とは初対戦だったのですが、世界の実力者から「圧倒的な勝ち方をしなくてはいけない」ということを学びました。特に初対戦で圧勝すると、「こいつには絶対勝てない」という印象を与えることができ、その後に対戦しても精神的に有利になります。セリオニ選手はスイッチが入ると、誰にも止められないことで有名でした。この大会でも圧倒的強さで勝ち進みました。

 この日に日本の予選敗退が決まり、世界の壁の高さを感じました。早稲田大1年で19歳だった私は、団体戦に出場した日本の5選手のうち最年少でした。

■欧州武者修行実る

 〈五輪での敗北が糧となり、全日本フェンシング選手権のフルーレで2連覇を果たす〉

 五輪後は、「相手に考える隙を与えず、流れを渡さない」ことを念頭に、練習に取り組みました。大学3年の冬休みには、先進的なフェンシングを学ぼうと、イタリアとドイツに1か月間、武者修行に行きました。

 海外修行のかいもあって、3年生で優勝した全日本選手権では、ほとんど競らなかったと思います。4年生で連覇を達成し、「ここで自分のフェンシングも終わりかな」と区切りが見えました。

 〈全盛期を迎える中で、大手広告会社への就職が内定すると、五輪出場と就職の間で心が揺れた〉

 大学を卒業するギリギリまで悩みましたが、フェンシング以外にも、自分の世界を広げたいと、就職を選択しました。それまで自分の人生はフェンシング一色でしたから。それに、世界選手権に出場しても、最高で30位くらいで、「メダルは難しいかな」との思いもありました。


「構えが勝負のかぎを握ります」と出野さん(東京都新宿区の早稲田大学で)
■練習漬け高校時代 

 〈フェンシングとの出会いは中学1年で、83年の「あかぎ国体」を翌年に控えていた。多くの選手が県内入りし、成長するための環境も整っていた〉

 父親の勧めで、76年のモントリオール五輪に出場した神宮敏男さん(故人)が前橋市で開いていたフェンシングスクールに通い始めました。チャンバラや時代劇が元々好きで、反射神経にも自信があったので、すぐにのめり込みました。

 五輪出場を強く意識したのは、84年のロサンゼルス五輪でした。テレビで見た派手な開会式にくぎ付けになり、「何としても五輪に出たい」と思うようになりました。

 前橋育英高に進学し、フェンシング部(現在は休部)に入りました。当時の生活は朝練、授業後に練習、帰宅後も筋力トレーニングと、フェンシング中心の生活でした。家に帰っても、再び高校に戻って走り込むなど、五輪出場のために、できることは何でもやりました。

■母校・早大で指導 

 〈現在も会社勤めをしながら、母校・早大でフェンシング部コーチや非常勤講師を務め、後輩を育成している〉

 大学の講師を引き受けたのは、フェンシングへの恩返しという意味もあります。日本ではマイナー競技ですが、大学の授業や部活を通して、フェンシングを楽しんでもらいながら少しずつ裾野を広げていきたいと思っています。

 フェンシングは自分を精神的に成長させてくれました。慢心を抱かないこと、支えてくれる人を尊敬することなど、人生で大切なことを教わったと思っています。

「構えが勝負のかぎを握ります」と出野さん(東京都新宿区の早稲田大学で)



 ◇フルーレ

 フェンシングの3種目の一つ。攻撃は胴体のみが有効で、3種目の中で最も面積が少ない。先に腕を伸ばし剣先を相手に向けた方に「攻撃権」が発生する。選手はこの権利を巡って、剣先を払うなどして激しく剣を交える。残る2種目は「エペ」と「サーブル」で、使用する武器の形状や得点となる有効面に違いがある。


出野晴信さん


 での・はるのぶ 1969年8月28日生まれ。前橋市出身。横浜市在住。中学1年でフェンシングを始める。前橋育英高フェンシング部3年だった87年の高校総体で個人対抗エペで優勝、フルーレで準優勝した。同年の沖縄国体では少年男子フルーレ団体で優勝。早大人間科学部に進学した88年にソウル五輪に出場した。同大3、4年時に全日本フェンシング選手権大会のフルーレで連覇。卒業後、大手広告会社の電通に入社。同大フェンシング部のコーチ、オープン教育科目「フェンシング」で講師を受け持つ。趣味は釣り。

転載終了



◆◇女子フルーレ団体結果◇◆
Coupe du Monde par équipes Cancun 19.10.2014 Senior Foil F Team EQ

やはりロシア、強い!昨年からの順調ぶりはフェイクでは無いですね。
フランスが頑張りました。

1 64 RUSSIA RUS
2 52 FRANCE FRA
3 40 ITALY ITA
4 36 USA USA
5 32 KOREA KOR
6 30 GERMANY GER
7 28 POLAND POL
8 26 CHINA CHN
9 25 CANADA CAN
10 24 MEXICO MEX
11 23 BRAZIL BRA
12 22 JAPAN JPN

11位決定戦
日本 34-45 ブラジル

最下位という屈辱を跳ね返そうぜ!



本日は野暮用で成田空港まで行ってきます♪