「誰かのもの奪いたくなったことある?」
突然の問いかけに面食らったまま返せずに固まる。
そんなユノとは打って変わり部屋のベッドで漫画を読みながら寝ころんでいたジェジュンが突然そんなことを言った。
「無いよ…」
年が明けて間もなく次の月になろうとしている頃。
外気の寒さが窓を真っ白に曇らせていた。
「ふーん」
質問をしておいて返された空返事にユノは眉を顰めた。
「なんだよ?」
ベッドに凭れて座っていたユノが振り返って見上げると、視線はまだ漫画のままニヤリと笑った。
「俺はあるよ」
ジェジュンの言葉の意図がわからずにぼんやり眺めていると、パンっと音を立てて漫画を閉じると同時に勢いよく起き上がった。
「かーえろっと」
「え?もう」
身軽な動きでベッドから降りて上着を羽織りマフラーをぐるぐる巻きつけたその後ろ姿に声を掛けた。
「うん、テスト前だし」
「テスト前って…お前いつも勉強しないくせに」
「するよ。じゃぁな」
顔の半分までぐるぐると巻かれたマフラーのせいでジェジュンの表情はわからなかった。
「あっ!ジェジュン!今度の誕生日プレゼント何がいいか考えと…」
言い終わる前にパタンと閉じられた扉をぼんやりと眺めていたユノがジェジュンの気配が無くなったのを感じたあとベッドに置かれたままの漫画を手に取った。
「…。」
その漫画は好きな人を略奪するという内容の少女漫画だった。
どこからこんなものを持ってきたのか。
きっと妹の漫画だろうとなんとなしに机の上に置いた。
「バカ…バカユノ」
いくら着込もうが1月は寒い。
鼻先を赤くさせたジェジュンが更にマフラーに顔を埋めてポツリと呟いた。
ポケットに突っ込んだ手が冷たい。
手袋をユノの家に置いてきてしまったから。
「ユノ…」
好きな人の名前を声に出してしまう度に、自分は馬鹿なんじゃないかと思う。
こんなに好きで仕方がないのに、ユノは誰かのものだと毎度毎度現実を突きつけられる。
―――まだ暑かった日。
放課後、誰もいない教室でユノが女の子とキスをしていた。
こんな日がいつか来るだろうとは思っていたものの、現実を目の当たりにして足元から崩れていくような気持ちだった。
うまく息ができずに無意識に掴んだシャツ。
鼻の奥がツンとすると同時に涙が溢れそうになる感覚に戸惑いながらその場を走って後にした。
できるだけ遠くまで走っても脳裏に焼き付いて離れないユノの視線。
少し照れたような表情で女の子を見つめる…あの視線。
記憶から消し去りたくて何度目を閉じても消える事はない。
それは数か月経った今も同じだった。
そう、今も…。
「くしゅん!」
寒さから来るくしゃみに現実に引き戻された。
歩いていたのを止めて壁に凭れてそっと唇に触れると思い出すのは一度だけした…ユノとのキス。
ユノの部屋でいつものように何気ない時間を過ごしていた時に寝てしまったユノ。
ポカンと口を開けて寝るのは昔からのクセ。
気持ちよさそうに眠るユノを見て思わず笑みを零していると、楽しい夢でも見ているのだろうかユノがふにゃっと笑った。
覗き込むジェジュンの方にコテンと顔を倒したまままだ微笑み続けるユノに見とれていると、綺麗に弧を描く唇から目が離せなくなった。
「…。」
ドキンドキンと高鳴る胸。
戸惑う心がダメだと警告するもののもう止まれなかった。
「…っ」
一度だけ…ほんの一瞬だけ触れたその瞬間、我に返って弾かれるように上体を起こした。
自らの意志でこうしたというのに、ジェジュンは傷付いていた。
こんなことをしてもどうにもならないのに…と。
何が起こったかも知るわけもないユノはあどけない顔で眠っているのを見て更に罪悪感にも襲われた。
小さな頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染。
一番の友達だといつも笑顔でそう言ってくれるユノ。
『ユノにとっての一番』がいつも嬉しかった。
しかしそれはあくまでも『友達』にしか過ぎず、それはお互いが成長するにつれてきっと変わっていくもの。
ジェジュンの中での『一番』は変わらなくとも、きっとユノはそうでなくなる。
それを覚悟をしてきていたものの、こんな気持ちを打ち明けることはしないつもりだった。
しかし…一度こうして触れてしまえばそれはもう容易ではない。
自らの震える唇に触れてジェジュンは部屋を後にした。
それから暫く経った頃だった。
ユノと女の子が教室でキスをしているのを目撃したのは。
結局、ユノとのキスから二人の間に何か変わったことがあったわけではない。
むしろ今まで通り何ら変わらなかった。
ジェジュンの気持ちすらも今までと変わらない。
しかし、それはある時にだけ感情が高ぶるのだった。
to be continued...