「うわーーー・・・・」
大きなカバンを引っ提げた青年は大都会の中央に佇んでビルを見上げている。
「お、おぉっ」
見上げすぎてヨロヨロと大勢を崩しながらも、今度はしっかりと両足を地面につけ、再度そびえ立つビルを見上げた青年は今度は強い眼差しで頂上を睨んだ。
「これからお世話になります、チョン・ユンホです!宜しくお願いします!」
だだっ広いオフィスの入り口で、朝から声を張り上げて100度近く頭を下げて声を響き渡らせた。
何事かと席を立って物珍しそうに見る人も居れば我関せずといった人など様々だ。
ユノはソウルから6時間程離れた田舎から上京し、晴れて都会にある大企業に就職をした。
まさかそんなところで働くことになろうとはユノどころか両親も思ってはおらず、内定が決まった時はユノ以上に両親が飛び跳ねて喜ぶ程だった。
「あ、あぁ・・・宜しく。きみ、元気だね」
「まぁ、それだけが取り柄なんで・・・へへ」
頭に手を置いて照れた様子でユノは言った。
「あーっと、きみの席はあそこ。で、早速で申し訳ないけど・・・」
と言われて渡されたのは大量のリスト。
そのリストに書かれた資料を全てピックアップしてデータ化しろという雑務を任されたのだ。
「・・・って、こっから探せっていうのかよ・・・」
さすが大手企業と言った感じでビルがでかけりゃトイレでさえもいちいち綺麗で、おまけにこの資料室もバカデカイ。
一度入ったら迷うのではないかと懸念するほどの棚の列の中からひとつひとつの資料を見つける作業は、今日1日では到底終わりそうになかった。
「・・・ヨシ!やるか!」
ユノは覚悟して上京をしてきていた。
田舎者の自分が大都会の生活や人間と打ち解けるには時間が掛かると。
それでも一生懸命頑張っていれば、いつかは認めてもらえると信じている。
そして、その中で大切な人たちにも出会えるとも。
「にしてもあっちーなぁ。広すぎて空調効かないんだよなぁ」
ジャケットを椅子にかけ、カッターシャツを腕まくりしてもなお暑さはおさまらず、うだるような気持ちでどうにかせっせと資料を集める。
慣れない作業だが要領を得てきたユノは一時休憩を取ろうと自販機の前で缶コーヒーのボタンを押した。
自販機の横に並べられた椅子に座ってまじまじと綺麗な社内を見回す。
吹き抜けになったロビーはどこもかしこもガラスでできていて大層な作りだった。
意気込んで上京してきたものの、正直こんな所で馴染んでやっていけるのかどうかこの半日で心配になっていた。
やはり自分が今まで過ごしたあの町とは環境が全くといっていい程違う。
早くもホームシックになりながらも、そんな思いを断ち切るように壁に凭れてぼんやりと天井を見上げた。
「はぁ…でもやるしかねぇよな」
そう言って一度腿をパンと叩いて立ち上がり先ほどの資料室に戻って行った。
資料を探しては休憩をしに自販機に通い、また自分を励まして資料室に戻る。
そんな日がかれこれ4日続いた。
「あー、これだけがみつからねぇー。どーこーだー?」
すっかりここの住人と化したユノは大きな独り言を呟きながら梯子に登って資料を漁っていた。
現在探しているのは最後のひとつではあるものの、その最後の一つが一向に見つからず資料室を何度も往復した。
「もしかして、これ?」
誰もいないはずの資料室で、足元から掛けられた声に驚き思わず体勢を崩して梯子から派手に落ちてしまった。
「ってててて…」
「大丈夫?ほら」
そう言って差し伸べられた手を握って立ち上がったユノは声の主をまじまじと見た。
「あの…」
「きみが探してるのはこの資料じゃない?」
「あぁっ!これ、これです!!ありがとうございます!」
「ふふ、よかった」
目の前にいるのは見たことのない男だった。
いや、男と言うには妙に中性的でありながら、でもどこか男らしいセクシーな雰囲気を纏っていた。
「あ、俺はジェジュン。不審な者じゃないよ、ほら」
ユノがまじまじと見ていたからだろうか、ジェジュンと呼ばれる男は自ら名乗り、そして社員証を見せた。
「あ、俺チョン・ユンホです。ユノって呼ばれてます。この前入ったばっかの新人です。よろしくお願いします!」
ユノはまたもや100度近いお辞儀をしてジェジュンを驚かせた。
「ふふ、よろしくね。あ、ねぇ敬語はやめて?ねぇユノ」
こんな綺麗な男性に少し上目遣いでそんなことを言われれば、相手が男だとわかっていても思わずゴクリと息を飲んでしまう。
「あ、はい。あ、うん…」
「ふふ、よろしく」
上京して始めて出来た知人。
ユノはそれだけで胸が高まったし、少し不安だったここでの生活も明るくなるような気がした。
「ユノ、いつも13階の休憩スペースにいるよね」
「あ、うん…ははっ。見られてたのか。」
あははと言いながら照れた様子で頭に手を当てるとジェジュンが一歩ユノに近付いて耳元で囁いた。
「うん・・・。いっつも見てた」
今までの空気を一変させたかと思いきや、次の瞬きの後にはもうジェジュンは離れていて先ほどの距離が幻覚だったかのように感じた。
ただふわりと鼻を掠める甘い匂いだけがジェジュンが近くにいたことを証明していた。
「ユノ、また会おう。」
ジェジュンはニコリと微笑んでユノの返事は聞かずに資料室を後にした。
「…………」
ジェジュンが出ていったあとも鼓動の高鳴りを止めることができなくて、ユノはただ立ち尽くして閉まる扉を呆然と見つめた。
to be continue...