朝6:52起床。
燃えるごみを捨てる為、昨晩玄関にセッティングしていたが、どうしても面倒でやめる。
昨日のピザトーストの具がまだ少し残っているのをパン全体に広がるよう薄く広げる。
ユーチューブをみてつくった豆乳と卵のプリンが、昨晩テーブルに置いたままになっている。あわてて冷蔵庫へ入れる。
学校のまわりにスーツ姿の大人を多く見かける。いつもより子供の数が少ない。
今日は卒業式らしい。
私が通ったその学校は、校舎がすべて建て替えている。グラウンドと校舎の位置は、すっかり入れ替わっている。
当時の面影は、運よく伐採を免れて大きく成長した校庭周囲の木と、移設された当時の遊具がかろうじて残している。
いまは学校の同級生の誰とも会っていない。もしかすると道端で誰か見かけているかもしれないが、アラフィフの互いを気づくことはないだろう。
母を野球観戦に連れていくことにした。
長かった親父の介護の慰労と、私が母に嫁や孫をみせられなかった罪滅ぼしの気持ちが混ざった行動だ。
母とは30年くらいぶりのスタジアム。
2人だけは初めてだ。
入口の手荷物検査で30分ほど前にスーパーで買ったばかりの巻き寿司と、母が自宅から持参したお菓子を没収される。
納得いかない母は、スタジアム内で何も買わず、1円も使わなかった。
スタジアムのルールがすっかり変わってしまっている。
私と母以外は、そのルールが当たり前のように手荷物検査を済ませて次々と入場していく。
親子そろって世の中のルールについていけなくなっているのだ。
30年以上通っているスタジアムの席に座って、選手やファンを眺めながら母は懐かしそうに過去の思い出を話す。
友人と3人、自転車で観戦に来たこと。
親父と喧嘩して、気晴らしに1人で観戦に来たこと。
知らぬ間にこのスタジアムで家族が知らない思い出をつくっていたことに私は驚かされる。
定年後、親父は母を1度もスタジアムへ連れて行かなかった。
スカパーのプロ野球の契約をしていたのは、母とスタジアムへ行かなくて済み、お金がかからないからだったらしい。
そこに両親の気持ちのすれ違いを感じ、悲しい気持ちになる。
近々、77歳になる母。
健康寿命をむかえているだろう。
この先、見れるシーズンは多くないだろう。
もっと連れて行ければ、少しは私の親不幸の罪滅ぼしになるだろうか。
晩御飯のサバの塩焼きが美味しい。
ありがとう。