私が小学生だった頃 | 毎日いろいろあるさ♪

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旅行とスイーツと音楽が大好き♪感じたことを徒然に。

突然、遠い昔のことを書き始めるなんて

そろそろ寿命のろうそくがなくなり始めた!?

・・・わけじゃないよね( ;∀;)

 

 

昨日、こどもの貧困のことを記事に書き、

そして今日から読み始めた本を読み進めるうちに

なぜか遠い小学生時代のことを思い出しました。

 

私が通っていた小学校は文京区にある学校で都内でも歴史が古く

公立ですがかなり知名度のある学校でした。

私はたまたま学区域だったのでそこに通うしかなかったのですが

公立小学校なのに千葉、埼玉、神奈川からも越境入学の子が

どのクラスにも数人いるような学校でした。

 

我が家はごく平均的なサラリーマン家庭でしたが

土地柄裕福な家庭の子が多く、家にグランドピアノがあったり

庭にテニスコートがあったり、子どもながらに「ウチとは違うなぁ」と思ったものですあせる

 

そんな環境の中で育った小学生時代。

色々なことがありましたが中でも忘れられない思い出が3つ。

 

1つは小2の時。

とっても仲のよい友達は裕福な家庭の子。

彼女の誕生日に私を招いてくれましたが会場は椿山荘あせる

おばあちゃまを含めたご家族に彼女のピアノの先生、そして私でした。

その前に伯母の結婚式があったのでホテルデビューは済ませていましたが

小2の女の子には相当敷居が高かったことを覚えています。

 

彼女の誕生日の1ヶ月後が私の誕生日。

誕生日パーティーをやるような家庭ではなかったのに

両親は精一杯頑張ってくれたんだと思います。

両親と弟、そして友達と一緒に行ったのは日比谷公園。

そしてランチは数寄屋橋交差点に今もある不二家のレストランでした( ;∀;)

いまだにカラーで思い出すことのできる2つのお誕生日会の出来事あせる

 

 

2つめは小3の時のこと。

母が心臓の手術で入院中のある日、

学校が終わって一人で母の入院している病院に行ったときのことです。

母の病室を出て階段で担任の先生と鉢合わせ!!

丁度、その時同じ病院にクラスメイトのお母さんも入院されていて

先生はそちらにお見舞いに行かれたようです。

クラスメイトはやはり裕福な家庭の子。

「おまえんちのお母さんも入院してるのか?」とは聞かれましたが

病室を聞かれることもなく、それっきりあせる

すごく悶々とした気分になったのを覚えています。

 

 

3つめは小6の時のこと。

多分2学期の終業式の前日。

担任に放課後残るように言われました。

先生と2人きりになって言われたのは通信簿のこと。

「国語が5に〇してあるのを消して4になってるから」とのこと。

先生が言うには本当はO君の方が成績が少しだけよかったのに

間違えて私を5に〇してしまったとのこと。

翌日もらった通信簿は確かに〇が修正液で消された跡が残っていました。

その後O君は有名私立中学を受験し合格。

本当につけ間違えたのか、忖度があったのかはわかりませんが

今なら問題になっていそう( ;∀;)

 

 

親は担任にお中元やお歳暮を贈るのが当たり前だったり、

公然とエコ贔屓が行われていたり。。。

仲良しの友達はいても、小学校は楽しくなかったなぁあせる

 

おそらく恵まれた環境の子たちは感じないことを

私は子どもの頃から格差や差別を感じていたんだと思います。

もしかして、私の原点!?( ;∀;)

 

 

今の日本は当時の私以上に、人に言えない辛い思いをしている子が

きっと大勢いるんだろうな。。。

 

 

 

 

今日も長くなってしまい、失礼しました。

 

 

今日のおやつはセブンイレブンのエクレア

 

130円なので十分満足♪