3月26日(木)、週一回のヘルパー訪問日で、いつも通り10時ごろ訪問するも応答なく鍵がかかっていたため、ケアマネージャーが駆けつけ中に入り、母がベッドで息をひきとっているのを発見くださいました。25日の22時ごろ、見守りカメラで母がテレビをみていることを確認しておりましたし、3月14日~15日には、山本ファミリー全員集合して元気に旅行を楽しんでいたのでとても驚いております。死因は急性心不全でした。
3月30日、寺島昭二牧師の司式によって佐久穂のログハウスにて葬儀を執り行いました。ログでの参列45名、Zoomでの参列は31名でした。
母の願い通り、終の棲家として父が建てたログハウスから天の御国へと凱旋することができました。感謝です!

 

佐久穂のログハウスは「ホーム」として、引き継ぎ、近日中に、カワラヒワ通信追悼号(葬儀での寺島昭二牧師による説教や複数名からの追悼文を掲載予定)を発行いたします。
また、毎月開催してきた家庭集会カワラヒワの集いは、今後は、随時開催とし、次回予定していた4月11日のカワラヒワの集いは中止しますので、ご承知おきください。

復刻!ことばの栞 2011年3月山本将信「ことばの栞」より

そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。マタイ福音者7:24
★「家と土台」の関係は誰でも知っている常識です。この常識で何が譬えられているのでしょうか。共同体形成と人格形成の土台、つまりハウスを語ることで、ホームが語られていると私は解釈します。★神学者ティーリッヒは人間の根源的不安はホームレスネスであると言いました。すべての人が寄る辺なさの不安に怯えているというのです。★ホームとは無条件に心身を安らわせられる共同体で、これは形成しなければ存在させられません。不動堅固なハウスは建築できますが、ホームは形成しても、いつ崩れるか分からぬ不安定さがつきまといます。★ホームの土台は愛です。神の愛は不動堅固ですが、私たちの愛はそうはいきません。絶えず神の愛に与(あずか)り、肖(あやか)ることで、かろうじて形成できるものです。

 

ここまでは、カワラヒワの会からの一斉メールとFacebookにアップした内容です。

 

以下、この信じられないできごとをフランクにつづらせて頂きます。

 

3月26日にまず、母が亡くなりました

ケアマネージャーが発見してくださりすぐに119番で救急車をよんでくださったのですが、救急隊から110番をするよう言われ形ばかりの警察沙汰に、、、、

母の身体は警察署に運ばれました

 

私と姉が東京から駆けつけている最中に夫からLINEが、、、

「さつきおばあちゃんが亡くなりました」

と書いてあり、ただでさえ気持ちが動転しているので夫のLINEの内容が理解できずフリーズ、、、、

しかも「さつきおばあちゃん」と書いてあったため、「さつきさんっていうのは誰なんだろう?」と思ったのです

しばらくのフリーズのあと、「さつき」ではなく、夫の文字変換が間違っており「さっき」であることに気づく、、、、

義母は、昨年10月に重度の大動脈弁狭窄症を患っていることがわかり、単身生活はとても心配な状況になったため12月から施設に入所、2週間前から救急病院( 新発田市)に入院している状態でした

救急で入院したけれど、数日で管類が全てとれて差し入れのプリンやアンパンなどを食べられるようになっていました

夫は、3月26日の午後に面会に行った帰りの新幹線の中で急変の連絡をもらったとのことでした

 

「同じ日に、母と義母が、、、、、」

 

そんなことって???

 

母の待つ警察署へ~

母は、警察署内のとても寒い霊安室に寝かされていました

しかもその寝かされている台は、ベッドでもストレチャーでもなく、かたくて冷たい無機質な「台」でした

検死のため全裸とのことで、シートがかけられていて、、、、、

母はとても寒がり屋なので本当にその状況がかわいそうでかわいそうで、、、

 

検死の医師が到着するのを待ち、葬儀屋がくるのを待ち、、、、

母が佐久穂のログハウスに帰ってきたのは、20時を回っていました。

葬儀屋さんに母の身体を寝室のベッドの上に運んでもらいました

静かに眠っているようにしかみえませんでした

 

発見してくださったケアマネージャーさんの話によると、、、

鍵(こういうことを想定して隠し鍵を用意しておいた)を使って中に入ると

・リビングも寝室も灯りが全てついている

・カーテンが全てしまっている

・ストーブがついたまま

・母は、パジャマではなく服をきた状態

であったそう

想像するに、私が22時ごろ見守りカメラをみたあと寝る支度をするまえにベッドに横たわりそのまま眠るように心臓がとまったのではないかと思われます

 

母の希望通り、

・葬儀は自宅(佐久穂のログハウス)で

・司式は寺島昭二先生に依頼

・お花料は辞退

ということで準備を進めるも、奏楽者(ピアノ)がみつからず、、、

姉:「私が弾くしかない!」ということになったけれど、喪主が奏楽をするなんて、練習する時間もないし総合的なキャパからしてどう考えても難しいのではないかと、、、、

結局、小海キリスト教会の奏楽者の方が引き受けてくださることになり、感謝感激!!!本当に助かりました!

 

事前に、葬儀の讃美歌を母に選んでもらっていました

 

讃美歌1954年版 

30番あさかぜしずかにふきて

391番ナルドのつぼ

338番主よ終わりまで

 

の3曲です

「あさかぜしずかにふきて」は、ログでの葬儀の朝にとてもマッチしているし、「ナルドのつぼ」は、奉仕の曲なので選んだときは、「いい曲だよね~」というくらいでそのときは私はあんまり気に留めていなかったけれど、今の時期的なマッチングがドンピシャでびっくりです。「主よ終わりまで」は、よく葬儀のときに選ばれる曲ではあるけれど、母が選んだ理由は、鈴木正久先生が父母の結婚式のときに選んでくださり歌った思い出の曲とのことでした~。

 

自宅でのキリスト教式の葬儀

準備があれこれ忙しい

式次第は自作(私)です

表紙には、終の棲家 佐久穂のログハウスの写真をいれました~

葬儀にきてくださる方に差し上げるケーキも焼きました

キャラメルマーブルケーキです

 

式次第はいろいろこだわりを持って作ったので時間がかかりました

作成に4~5時間かかったと思います

礼拝中に歌う讃美歌は、母が選んだ上記3曲にして、そのほかに

 

納棺式・・・讃美歌第二編167番われをもすくいし

出棺・・・讃美歌第二編われ聞けり かなたには

火葬前式・・・シャローム

 

を私が選曲させていただきました

 

シャロームは、毎月母と一緒に開催していたカワラヒワの集いでいつも最後に歌っていた曲でとても思い入れがあります

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

シャローム シャローム また逢う日まで

シャローム シャローム 神の み恵

シャローム シャローム また逢う日まで

豊かに 豊かに 豊かに

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

葬儀のZoom配信は、妹が担当

葬儀屋さんにZoom配信のお手伝いを依頼しましたが、いろいろな面で責任を持てないとのことで妹が担当することに~

毎月カワラヒワの集いでの経験が生きて、とてもうまく配信できたのではないかと思っています

北は北海道から南は沖縄、海外(マレーシア)からの参加がありました!

 

葬儀の最後に私たち三姉妹が挨拶をしました

私は、挨拶の代わりに♪ユバル♪(土笛とギター)で奉奏をしました

 

夫がギターでBGM、山本将信牧師の「祈り」を私が朗読、続けてAmazing Grace「素晴らしき神のお恵み」を吹きました

 

妹の挨拶も姉の挨拶も「さすが山本シスターズ」と言われそうなスピーチでした

挨拶の内容は、近日中に発行予定のカワラヒワ通信追悼号に掲載予定です!

 

父の葬儀のときに

「お花料は辞退します。その代わりに庭で咲いている花をご持参いただけらら幸いです」

とインフォメーションしたことを覚えていてくださったかた何人もいました

ルピナスヴァレーからは、クロッカスが届きました

講壇に飾らせていただきました

 

篠ノ井教会の皆さんは、庭に咲く花をたくさん持ってきてくださいました

その中には、母が篠ノ井教会の庭に植えたという花もたくさん含まれていました

とても嬉しかったです

 

ご持参いただいた花は、棺に献花して母に天国へもっていってもらいました

写真は献花前の棺なので、花が写っていませんがこのあと母の棺は花でいっぱいになりました

 

出棺の「われきけりかなたには」と火葬前式「シャローム」の賛美のときに、私は念願の土笛を奏でました

雰囲気にもマッチしていたと思います(*^^)v

 

母の一番仲のよかった(一番よくケンカしたとも言っていました)母の兄からのメッセージ~~~

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山本家の皆さまお悔み申し上げます。

愛子さんは先の将信先生と同じく自分の寝室のベッドで一人静かに最期の時を過ごされ永眠されました。

素晴らしいエンディングです。

マーベラスエンディングです。

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最期に最高の誉め言葉をくださいました!!!

『マーベラスエンディング!』

すてきな響き!

 

 

母の葬儀が終わり、ほっとすることもできず、義母のお通夜へ移動

義母は、浄土真宗大谷派の檀家です

 

義母も母と同じく

『マーベラスエンディング』

だったと思います

義母は、二人の息子がいて二人とも結婚して長男(私の夫)は二人の娘がいて次男は二人の息子がいます。

次男の息子たちもそれぞれ結婚してそれぞれ一人ずつ娘がいます。

ひ孫が二人もいるということです。

昨年9月には、義父の七回忌をして、一家13人が勢ぞろいして集うことができていました。

そのあと、大動脈弁狭窄症を患っていることがわかり、前述した経過をたどっていくのですが、、、、

最期に大好きな長男に会うことができているし、これ以上のマーベラスエンディングはないと私は思うのです

 

地上でのお別れはとてもとてもさみしい

いろんなこと思い出して、涙がでてしまいます、、、、

 

でも、

 

また逢う日まで

シャローム