『何?カサ持ってないのか?』
「えっ、・・・、あ、うん。」
なんでこんなとこにシゲちゃんが?
そう聞く前にシゲちゃんは俺に近づきカサを差し出した。
『家はこの近く?』
「はい。」
『そうか、じゃ送ってってあげるよ。本当ならこれ貸した方がいいんだろうけど、そうするとこの一張羅が台無しになるからね。』
そう言ってスーツ姿のシゲちゃんはいつもの笑顔を見せた。
ポツポツと静かに降る雨の中、シゲちゃんが持つカサの下を並んで歩く。
歩くたびカサカサと音をたてるコンビニの袋。
『水?』
「あ、うん。」
『重いだろ?』
「ううん、大丈夫。」
『そうか。』
そのあと、しばらく何も言わず、シゲちゃんはペットボトル三本とバラの入浴剤一個を持つ俺の歩幅に合わせ歩いてくれた。
そんなシゲちゃんに俺は謝らなきゃならないことがある。
あの日のことだ。
莉夏さんと俺は運命で結ばれてるから俺が恐れてるようなことにはならない、大丈夫だって言ってくれた言葉をまだどこか信じられないこと。
それを謝った方がいいってずっと思ってた。
「あの、俺、シゲちゃんに謝らなきゃならないことがあるんだ。」
こう言って並んで歩くシゲちゃんを見る。
あの日シゲちゃんが言ってくれた言葉がまだ信じられない。
本当は信じたい。
だけど、まだどこか信じられない自分がいる。
信じられないなら、何か自分ができることしなきゃ。
何もせず莉夏さんのことをただ待つだけなんてできない。
そう言った。
『真面目だねぇ、有岡くんは。』
話を聞き終わったシゲちゃんはニコッと笑う。
『いいよ、すぐに信じられなくても。でも、そのうち分かる日がくるよ。俺が言ったことは本当だから。光もそう言ってた。』
「え?」
なんでここに光くんが出てくる?
『実はさ、白状すると莉夏さんと有岡くんが運命で結ばれてるって最初に言ったの俺じゃないんだ。最初にそう言ったのは光なんだよ。』
「それって、・・・、」
『あの日、光が伊野尾くんと有岡くんをうちに誘ったのは、莉夏さんと有岡くんが運命で結ばれてるって俺の口から聞かせるためだったんだよ。』
そう言ってシゲちゃんは光くんとの間で何を話したのか教えてくれた。
莉夏さんと俺。
二人は運命で結ばれてる。
だから俺が恐れてるようなことにはならない。
莉夏さんが小山って人と一緒の時間を過ごしたって莉夏さんの俺への気持ちは変わらない。
それをシゲちゃんから言ってもらうため、光くんは俺をシゲちゃんの店に誘ったんだと。
「・・・、マジ?」
『ああ、マジ。』
またニコッと笑うシゲちゃん。
『ついでに言えば夏澄ちゃんも同じこと莉夏さんに言ってるはずだよ?有岡くんは運命の人だから、小山って人と一緒の時間を過ごしたって大丈夫だって、莉夏さんに話してるはずだよ。』
一体何がどうなってる?
シゲちゃんの言葉を聞き、頭がパニック状態になる。
『はは、・・・、相変わらず分かりやすいねぇ。』
今度は大きく笑うシゲちゃんの横顔を見る。
『全部光と夏澄ちゃんが考えたことだよ。有岡くんと莉夏さん、二人は運命で結ばれてるってから何があったって大丈夫。それを有岡くんと莉夏さんに伝えること。莉夏さんには夏澄ちゃんから、有岡くんには俺から伝える。』
「待って、なんで光くんじゃなかったの?運命で結ばれてるってこと、俺に話したの光くんじゃなくてなんでシゲちゃんだったの?」
『あー、それは、・・・、』
ここまで言ってシゲちゃんは立ち止まった。
そして、・・・、
『自分から伝えるより年長者で第三者の俺から伝えた方が有岡くんの耳に素直に入るだろうからって。』
そう言ってフッと笑った。
『今回のこともそうだけど、最後まで反対してたメンバーさんを説得したり、マネージャーさんとの間に入ってくれたり、・・・、光と伊野尾くん、有岡くんはいい仲間を持ったね。やっぱり運命で結ばれてるんだよ、きみら三人も。』
「でも、言ったよね?シゲちゃんが言ったことがまだ信じられないって。」
『そうだね。でも、・・・、頑張ってるんだろ?ただ待つだけなんてできないから、自分なりにできることをしてる。』
そう言ってシゲちゃんがまた歩き始める。
それについて俺もまたシゲちゃんと肩を並べて歩き出した。
『今は辛いだろうけど、その辛さも有岡くんが経験しなきゃならない運命。莉夏さんと一緒になるための運命。大丈夫、きっとうまくいくよ。』
再び歩き出したシゲちゃんはそれだけ言ってあとは黙ってしまった。
ポツポツと降ってた雨は俺の家に着く頃やんだ。
『助かったよ。やんでくれて。』
俺の家の前でカサをたたんだシゲちゃん。
そんなシゲちゃんに聞いた。
「もう一つ聞いていい?なんで今日はスーツなの?」
『あー、これか?同窓会だったんだよ。少しはマシな格好で行かないと会場に入れないからね。』
シゲちゃんは笑ってそう答え、じゃ、と手を挙げてまた歩き出した。
今度こそ信じてみよう。
シゲちゃんが言ったこと、光くんが言おうとしたこと。
通りを曲がろうとしてるシゲちゃんの後ろ姿に俺はそう思ったんだ。
シゲちゃんの後ろ姿が見えなくなったあと、急いで部屋へ戻り車のキーを持ち駐車場へ向かった。
自分の車に乗り、その車で莉夏さんの部屋を目指す。
これだけ渡したい。
助手席に置いたコンビニの袋。
中は赤いバラの入浴剤が一つ。
-バラほどたくさんの花言葉を持ってる花はないんだよ?あと、本数でも花言葉は変わってくるの。面白いと思わない?-
色は赤。
数は一つ。
一つの赤いバラの花言葉。
これが俺の気持ち。
ずっと変わらない俺の莉夏さんへの気持ち。
本物のバラじゃなくて入浴剤だけど、でも莉夏さんならきっと分かってくれる。
「負けないよ。莉夏さん、俺は絶対負けない。」
こう力強く口にして俺は莉夏さんの部屋へ向かってアクセルを踏んだ。