-この調子じゃもう少しかかりそうですね。-
渋滞につかまったタクシーの中で少しイラつき始めてた俺に追い打ちをかけるような運転手の言葉。
-この時間、こんなこと珍しいですよ。市街地から離れてるこの辺りが混むなんて。あ、そうか。確か今日って、なんとかってアイドルグループのコンサートがあっるって同僚が言ってたな。人が多いのも車が多いのもそれが原因かも。-
いつもの黒いキャップを少し目深にかぶってるだけじゃ変装してるうちに入らない。
ホテルの玄関でこの車に乗ったとき、年配の運転手だからと安心した自分を恨む。
『あの、聞いてもいいですか?』
どこに行くの?
・・・、と俺に聞いたあとずっと黙ってた莉夏さんが突然運転手話しかけた。
『お勧めの場所とかお店とかありますか?』
-お勧めの場所ねぇ、・・・。-
『ええ。ここは外せないって場所とかお店とか、・・・。こちらへ来たの初めてで、なのに仕事で忙しくてあまりこちらのこと調べないで来てしまったんです。』
-そうですね。一応観光地なので見どころはたくさんありますけど、・・・。-
『その中で運転手さんのお勧めはなんですか?』
今まで黙ってた莉夏さんが笑って運転手に話しかける見て思った。
運転手の興味が俺に向かないようにしてくれてるんだって。
ありがとう。
やっぱ俺にとって莉夏さんは大切でかけがえのない人だ。
この地を訪れたら行っておいた方がいい場所、
この地で最近流行ってる店、
一生懸命話しかけてる莉夏さんを見てもう一度願う。
どこにも行かないで。
これから先も俺とずっと一緒にいて。
あなたと離れるなんて絶対できないんだから。
あなたのいない毎日なんて考えられないんだから。
運転手と話す莉夏さんを見てたら思わず莉夏さんの手を取っていた。
そしてその手をそっと握る。
運転手と話してた莉夏さんが一瞬それをやめて俺を見る。
俺の手を外そうとしたけど、首を小さく振りそうさせなかった。
「俺は大丈夫。」
莉夏さんにしか聞こえない小さな声で言う。
『大ちゃん、・・・。』
莉夏さんが不安そうな表情で俺を見る。
そんな莉夏さんを安心させるようにっこり笑って、少し強く手を握った。
そのあと、運転手に気付かれないよう俺たちはずっと手をつないでいた。
-あー、やっと抜けたみたいです。-
手を握ってからしばらくすると、今までの渋滞がウソみたいになくなり、赤信号以外車が停車することはなくなった。
莉夏さんの手を握ったまま、携帯を見る。
ギリギリ間に合うかどうかってとこだな。
けど、頼む、間に合ってくれ。
今夜じゃないとダメなんだ。
東京に戻ってからじゃ意味ないんだよ。
携帯が表示する時刻を見てこう思う。
「あのすいません、・・・、」
-大丈夫です。ここからは地元の人間しか知らない道を通りますから。-
・・・、少し急いでくれませんか?
俺が何を言おうとしたか分かった様子の運転手は目指す目的地へ向かって、細くて少し暗い道へハンドルをきった。
・
・
・
-到着しました。-
細くて暗い道をどれくらい走っただろう?
気付くとタクシーは俺が目指した場所、・・・、周囲のどの建物より明るい店の玄関に停まっていた。
「ありがとうございます。」
急いでくれた運転手に一礼する。
-余計なお世話かもしれませんが幸運を祈ってます。-
莉夏さんの手を取ったままタクシーを降りようとした俺は思わぬ言葉に運転手を見る。
-別に明日でもいいのに、絶対今日じゃないといけない。閉店間際のこんな時間に急いでこの店に来るって言うのはその方はよほど大切な方なんですね。-
「ええ、そうです。」
気付かれたって構わない。
大切な人を守らなきゃなんないのに、先に自分を守っててどうする?
そんなんじゃ俺の気持ち、莉夏さんに信じてもらえない。
さっきまでの自分を恥じる。
「ありがとうございます。」
目深にかぶってた黒いキャップを上げ、二度目の礼を言う。
この二度目の礼は莉夏さんが俺の大切な人だって言ってくれたことへの礼だった。
・
・
・
『ちょっと、大ちゃん?』
「ごめん、莉夏さん、時間ないから。」
ライブ終わりにひっかけただけのいつもの私服。
超ラフな格好の俺には似つかわしくない高級感漂う店内。
一歩足を踏み入れただけで、即入店を拒否されやしないかと不安になったけど、今はそんなこと気にしてられない。
俺に手を引かれてる莉夏さんは一層不安そうな表情ででっかいシャンデリアが下がる店の中をキョロキョロと見回していた。
-いらっしゃいませ。-
黒いスーツを着た店員が俺たちの前にやって来た。
取り敢えずよかった。
入店は拒否されずにすんだ。
-何かお探しですか?-
スーツと同じ色の黒い髪を一つに束ね、それを髪留めで頭の後ろに留めてる店員は40歳くらい?
いや、年齢よりも俺はその店員の髪を留めてる髪留めに目を奪われた。
さすがだな、・・・。
誰もが一度は耳にしたことがある真珠専門の宝飾店。
名前の上に付いた肩書。
”販売主任”
その主任店員が付けてる髪留めにも輝く真珠が使われていた。
『大ちゃん、・・・。』
素人目でも分かる高級品の真珠が使われてる髪留めに目を奪われていると、莉夏さんが俺の手を外そうとした。
「ダメ。」
振り返り莉夏さんが離さないようその手をギュッと握る。
-あ、・・・。-
そんな俺と莉夏さんの様子を見て何かに気付いた主任店員。
小さな声をあげた主任店員が俺をじっと見る。
やっぱり入店拒否か?
いや、それともバレた?
-こちらのお客さま、あちらの部屋へお通してちょうだい。-
この声に店内にいる数人の店員のうち、一番若いと思われる店員がこっちへやって来た。
-どうぞ、あちらのお部屋へ。-
「えっ、・・・、あの、・・・。」
一体何が起きたのか分からない俺はそれでも莉夏さんの手を離さずにいた。
-ご心配なく。ショーケースに並んでいるものはすべて運ばせていただきます。-
主任店員は微笑んで、俺と莉夏さんの前にやって来た若い店員へ付いて行くよう促した。
店の奥、・・・、個室へ通された俺と莉夏さんは若い店員に言われるまま体が沈んでしまうくらいふかふかのソファーに座った。
-少々お待ちください。店長が参ります。-
おいおい、待てよ。
店長だって?
思わぬ展開にたった今座ったソファーから腰を上げたくなった。
『すごいね。』
「え?ああ、そうだね。」
俺とおんなじように驚いてる莉夏さんの声に上げかけた腰をまた下ろす。
『そろそろ教えてくれる?』
「え?何を?」
『大ちゃん。』
俺を睨んでる莉夏さんにこれ以上黙ってるのは無理だと感じた。
本当は心に決めたものを贈るまで何も話したくなかったけど。
「聞いて莉夏さん。」
並んで座ってる莉夏さんのきれいな目をまっすぐ見る。
「今日俺の、俺たちの仕事を莉夏さんが見てくれたこと、すごくうれしかった。莉夏さんにやっと俺の仕事を見てもらえて本当にうれしかったんだ。でも単純に喜んでたのは俺だけだよね?」
『・・・・・・、』
「すごいね、素敵だね、プロだね。今日莉夏さんが言ってくれたこと、すごくうれしかった。けど、こう言ってくれたほかに莉夏さんが何を思ったのか、何を感じたのか、俺分かったんだ。」
『・・・、大ちゃん、・・・。』
俺を睨んでた莉夏さんが俺から視線を外した。
「不安にさせてごめん。」
『大ちゃんが謝ることなんてない。私が勝手に不安に思って、一人でまた見えないカゲに振り回されそうになってただけ。』
莉夏さんは視線を外したままそう言った。
『私こそごめんなさい。』
「ちゃんと俺を見て。」
莉夏さんの頬に触れる。
「約束したよね?あの日、バニラアイスを食べたあの日約束したよね?俺はどこにも行かないって。ずっと莉夏さんと一緒にいるって。」
『・・・・・・。』
「莉夏さんは俺とした約束、ちゃんと守ってくれてる。夜空に浮かぶ月のように俺のそばにいてくれるって約束。俺も莉夏さんとの約束、ちゃんと守るよ。」
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20170912/21/hey-say-jump-novel/21/0b/j/t02200272_0624077214025985829.jpg?caw=800)
いつもと違う笑顔の莉夏さんを見て思ったんだ。
言葉だけじゃダメだ。
何かカタチに残るものを渡したいって。
莉夏さんは俺のものだって。
俺のそばから離れないでって。
莉夏さんが不安にならないよう、もう見えないカゲに振り回されることのないよう、俺をそばに感じてくれる何かが必要だって思ったんだ。
何がいい?
俺をそばに感じてくれる何かってなんだ?
バーの個室でいつもと違う不安そうな様子の莉夏さんを前に一生懸命考えた。
そして胸元が大きくあいたブラウスを見てあるものを贈ることを思いついた。
そのあるものを扱ってるのはこの店だけ。
もう随分前、デビューして数年、まだ二十歳にもなってないとき、深夜番組のロケで一度来たことがあるこの店。
指輪、ネックレス、イヤリングにピアス、・・・、。
桁違いの値札がついた真珠を使った宝飾品。
”こんな高級な店、二度と来ることないだろうな。”
ってあのときこう思った。
だけど、あのときから数年経った今、一生を共に歩いて行く大切な人と一緒に来るなんて、それも閉店間際のこんな時間に来るなんて想像もしなかった。
-失礼します。-
部屋に最初に応対してくれた主任店員と、その人より少し年上の女性が入って来た。
-店長の**と申します。このたびはご来店いただきありがとうございます。-
そう言って俺に名刺を差し出した。