『あーーっ!うめぇ。』
「ちょっと静かにして。」
『え?なんで?』
「なんでって、・・・・」
『これ、うまいもん。うまいもん飲んでなんでうまいっていちゃダメなの?』
シロップがたっぷり入ったアイスティーのカップの向こうから不思議そうな顔を見せるいたずら坊主、・・・、いや有岡くん。
「あのね、私が言ったのは”静かにして”。”うまいって言っちゃダメ”なんて言ってません。」
『ふ、・・・、はは、・・・。そのものの言い方、その表情、相変わらずだね。』
不思議そうな顔をしていた有岡くんが大声で笑った。
「だから、それよ。声が大きすぎるの。」
『?』
「もう、自覚あるの?3年前とは置かれてる立場も、あなたを取り巻く周囲の状況も違うって、・・・。」
平日、日中のオフィス街。
見たところ周囲には有岡くんたちのことを知ってるような若い女の子たちの姿はない。
だけど、有岡くんや彼のグループのことを知ってる人が周囲にゼロって保証なんてどこにもない。
「あのね、私が言いたいのは、・・・、」
『うーん、一応あるよ。』
私をさえぎりアイスティーのカップを軽く上げた有岡くん。
『確かに栞里ちゃんの言うとおり俺たちの置かれてる立場も、周囲の状況も変わった。』
「・・・・・・。」
『ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫。絶対わかんないって。』
ニコッと首を傾げる有岡くんに私は小さく横に首を振った。
『え?何?なんかおかしい?』
「ううん。もういい。」
私が何を言ったってムダってことね。
その笑顔、そのものの言い方。
あなたこそ変わってない。
置かれてる立場、周囲の状況は変わったけど、その笑顔とものの言い方、これは3年前と変わってない。
『変わってないよ。』
今私が思ったことと同じことを口にした有岡くん。
『変わってないのは俺だけじゃない。いのちゃんもだよ。』
いのちゃん、・・・。
慧くん、・・・。
有岡くんの口から慧くんの名前を聞き、私の胸がキュッとなった。
『きれいな景色も見せてもらった。おいしいアイスティーもごちそうになった。さて、ここら辺で本題に入ろうかな。』
「本題って、・・・。」
『俺が栞里ちゃんのいるここ、大阪に来た理由だよ。』
変わっていなのは自分だけじゃなくていのちゃん、・・・、慧くんもだと言った有岡くんは大阪城を背に私と並んで座っているベンチの上にアイスティーのカップを置いた。
『栞里ちゃんを迎えに来た。』
「はい?」
思いもしなかった言葉に思わず変な声が出る。
『聞こえなかった?んじゃもう一回言うよ。今日俺が大阪に来たのは栞里ちゃんを迎えに、・・・、』
「聞こえました。」
『そう。じゃ、行こうよ、東京に。』
そう言って有岡くんはまたニコッと笑った。
「無理よ。」
『どうして?』
「どうしってって、・・・、」
『仕事の都合がつかない、とか、こっちでの生活がある、とか、んー、あとなんだ?こっちで好きな人ができたとか、・・・、』
「違う!」
ツラツラ話す有岡くんに私は大声を出した。
違う。
こっちで好きな人なんてできてない。
私が好きな人は慧くんだけ。
慧くん以外に好きな人なんていない。
『うん、そうだよね?』
「有岡くん?」
『わかってるよ。栞里ちゃんが好きなのはいのちゃんだって。』
有岡くんは私をじっと見つめた。
『本当はさ、いのちゃんがこっちに来るはずだったんだ。』
今日と明日オフだった慧くんがこっちに来るつもりだったけど、突然仕事が入ってダメになった。
だから慧くんの代わりに自分が来たんだと話した。
「慧くんが来れないからってどうしてあなたが来るのよ?」
『いのちゃんの代理。』
「は?」
『もういい加減素直になったら?』
「素直って、・・・。」
『素直になっていのちゃんに好きっていいなよ。』
そう言って有岡くんはまたニコッと笑った。
『二人を見てるとまどろっこしいんだよね。』
「まどろっこしい?」
『そ。そんでもってイライラする。栞里ちゃんもいのちゃんもお互いのこと好きなのになんで一緒にいないんだろうって。』
ニコッと笑ったまま有岡くんは続けた。
『3年前からいのちゃんがずっと待ってる東京タワーに早く行ってあげなよ。』
「どうして、・・・。」
『あはは、・・・。その顔、なんで知ってるんだって顔だね。』
私をじっと見たままニコッとした笑顔を大きく崩した有岡くん。
『東京タワーのこと、なんで俺が知ってるのか。そんなことどうでもいいじゃん。大事なことはいのちゃんも栞里ちゃんもお互いのことが好きだってこと。』
そう言った有岡くんはすっと立ち上がった。
そして、
『うーーん。ここ、ほんとにきれいなとこだね。』
立ち上がり川向うに見える大阪城に向かって腕を伸ばした有岡くんが私を見下ろす。
『俺と一緒に行こう。』
「無理よ。」
そう、今は無理。
こっちで好きな人はできていなくても仕事はある。
今から俺と行こう、なんて急に言われても無理な話。
『無理って。じゃ、いつなら、・・・。」
「抱えてる仕事が一段落してから。」
『それっていつ?』
「いつって、・・・。」
『明日?明後日?3日後?』
有岡くんは私を見下ろしたまま話し続ける。
『二週間後?三週間後?まさか一ケ月もあとだなんて、・・・、』
「本当にわからないの。」
図面の作成が数件とそれに伴う強度計算。
この前仕上げた内装の再確認と材料の発注。
あと、クライアントとの打ち合わせと、現地への同行がいくつかある。
『仕事が大事だってことはわかる。けど、いのちゃんのことも大事なんだろ?』
私を見下ろしたまま話す有岡くんから私は目をそらしコクンと頷いた。
『わかった。じゃ、今日じゃなくていいよ。けど、・・・、』
有岡くんは一呼吸おいてこう言った。
『近いうちに絶対来て。いのちゃんが待ってる東京タワーに。約束してくれる?』
「有岡くん、・・・。」
『ふ、・・・、はは・・・。やめてくれよ。栞里ちゃんのそんなシケた顔なんて見たくないよ。』
今日東京へ行くことは無理。
明日も明後日も、そしてたぶん一ケ月後も無理。
近いうちに東京へ行く、なんて約束、簡単にできない。
こう思っていた私は今の有岡くんの言葉に少しカチンときた。
「シケた顔してごめんなさいね。けど、あなたに言われたくなんかない。」
『あなた、・・・、ね。』
「何よ?」
『ううん、別に。』
「何?名前で呼んでほしかった?それとも昔みたいに”いたずら坊主”って呼んだ方がよかった?」
『はは、・・・、それでこそ栞里ちゃん。俺の知ってる栞里ちゃんだよ。』
「もうっ。」
ふくれた私を見てますます笑う有岡くんにふとこんなことを思った。
「デリカシーのカケラもない、大声で話す、大声で笑う、思ったことはすぐ口にする、コーヒーが苦手、アイスティーもシロップをたっぷり入れないと飲めない、なんて超子どもっぽいあなたのことを好きになる人ってどんな人だろう?」
『いろんな花のいい匂いをまとう笑顔がきれいな人だよ?』
「え?」
-さあね。どんな人だろう?-
って答えが返ってくると思っていたのに実際返ってきた答えは違った。
『あとね、いつ店へ行っても、いつ家へ行ってもおいしいアイスコーヒー淹れてくれるの。』
「アイスコーヒー?飲めないんじゃないの?」
『うん。彼女、・・・、莉夏さんが淹れてくれたもの以外はね。』
有岡くんがベンチに置いたアイスティーのカップに目をやると、有岡くんは今自分が付き合っている人のことを話し始めた。
花屋さんで働く有岡くんより5つ年上の人。
バラエティー番組のロケやドラマの収録、いろんな雑誌の取材、歌番組への出演やリハーサル、・・・。
毎日を忙しく過ごす有岡くんを優しく見守り、支え、ときに叱ってくれる有岡くんの大切な人。
「なんか、・・・、以外、・・・。」
『へ?』
「有岡くんの口から女の人の話を聞くなんて。」
『俺だって男だよ!』
「あ、ああ、そうね。」
”男”、・・・、ね。
確かに言われてみればそう。
言うこと、やること、いちいち幼く感じるのは見た目と彼が持つ雰囲気からくるものなのかも。
今初めてこう思った。
実はしっかりしてて、頼もしい。
ちゃんと礼儀をわきまえてる。
・・・、なんて私にはとても見えないけど、実は彼女の前ではそうなのかも。
『忘れないでよ?約束だからね。』
だからそう言われても近いうちに東京へ行くなんて無理。
慧くんのこと、大事だけどでも、・・・。
『栞里ちゃん、わかった?』
私を見て笑う有岡くんに簡単に約束できないなんて思う私は会社に帰って驚くことになる。
だって、結局有岡くんが言ったとおりになったんだから。
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本当にお久しぶりにこのお話です。
約1年ぶりだってことに自分でもびっくりした(^o^;)
さっさと(←なんて言い方)この伊野尾くんのお話を終わらせて、このお話の伊野尾くんと栞里ちゃん、「Walk」の大ちゃんと莉夏さん、「スギルセツナ」の光くんと夏澄ちゃんとのコラボ話を書きたくなった(^_^;)
夏が終わったらエンジンかけます。(たぶん…)