六芒星
「ユダヤの六芒星=✡=ダビデの星が日本に昔からある」.....日ユ同祖論者がよく言う言葉である
具体的には....以下の4件だろう
① 伊勢神宮の古い灯籠にユダヤのシンボル✡が、刻まれている
② 出雲の諸社は、社紋が六角形でユダヤの✡と関係が深い
③ 戦国時代の絵画には六芒星=✡の紋がついたユダヤと関わりの深い人達がいる
④ ユダヤ人ではないかと噂される天狗が居た鞍馬寺には六芒星=✡が幾つもある
ではまず、六芒星は昔からユダヤのシンボルだったのだろうか...?
実は、ユダヤの遺跡、ユダヤ人を描いた部外者の絵画・彫刻のいずれにも「六芒星」は見当たらない
おかしい........
17世紀、神聖ローマ帝国のウイーン政府は、軍に民族ごとの部隊編成を行った
それぞれの部隊に、民族を象徴するデザインの旗をもたせた。
しかし、ユダヤ人部隊には、シンボルマークが思いつかなかった。
そこでウイーン政府は、バチカンにユダヤ人の象徴には、何が良いか問い合わせた。
イエズス会から提案があり、古代イスラエル王国で最も有名なダビデ王の頭文字、Dを▷に見立てて、表裏2枚(◁と▷)を重ね合わせて、「✡」という印でどうだろうか?というものだった。
神聖ローマ帝国のウイーン政府は、この提案を受け入れ、六芒星の旗をユダヤ人部隊に持たせた
実は、これが、「ダビデの星」の始まりだった
従って、17世紀より前に、六芒星=✡=ダビデの星が、ユダヤ人のシンボルであった事実はない。
ユダヤ人自身、六芒星=✡が、シンボルだという意識を持っていなかった
ナチスドイツが、ユダヤ人を捕らえて、六芒星=✡のプラカード掛けた時代があるのみ
その為、第2次世界大戦後、イスラエル共和国建国に当たり、国旗を決める時に提案された六芒星=✡には、馴染みがなく、強い異論が出たという
従って、17世紀より前に、ユダヤに関わる六芒星=✡のマークなど存在するはずがないのである
① 「伊勢神宮の古い灯籠にユダヤのシンボル✡が、刻まれている」
これは有名な「嘘」
この件出版している日ユ同祖論者が何人も居るが、明白な「嘘」である
この灯籠については既に、ブログを書いた
2010-12-04 ユダヤと伊勢神宮 ★ガセ情報にご注意★
https://ameblo.jp/hex-6/entry-10726769320.html
要点をまとめると
1.六芒星=✡が刻まれた灯籠は、伊勢市の道路脇に多数あったが、伊勢神宮の所有物ではなかった
六芒星=✡が刻まれた灯籠は、昭和30年(1955年)に設立された「伊勢三宮奉賛献灯会」という任意団体が、当時、伊勢神宮に奉献することを目的として、御幸道路と市道に三重県知事と伊勢市長の道路占用許可を得て建てたものであり、その後には、国道23号の拡幅工事等に伴って、一部が宇治浦田街路広場に移設されている。
昭和39年(1964年)に「伊勢三宮奉賛献灯会」が解散した後は、灯ろうの所有者が明確でない状態となった

2.六芒星=✡が刻まれた灯籠は、老朽化し、地震で倒壊する恐れがあり危険であると判断され、平成19年(2007年)に伊勢市が撤去して、公募デザインの耐震建築の灯籠に交換することに決定した
3.2009年、六芒星=✡が刻まれた灯籠は、全数撤去され、耐震性のある新しい灯籠に伊勢市が交換した(520基)
公募デザインの一部に六芒星=✡があり、一部の新しい灯籠に六芒星=✡が刻まれた
4.2018年4月、路線バスが新しい灯籠に接触して石が落ち、通行人の男性の頭に当たり死亡する事故が発生した。
2018年末までに、伊勢市の灯籠520基は、全数撤去作業された
現在伊勢市の道路に、灯籠は一基もない

「伊勢神宮の古い灯籠にユダヤのシンボル✡が、刻まれている」は、明白な「嘘」であった
② 出雲の諸社は、社紋が六角形でユダヤの✡と関係が深い

出雲の諸社は、社紋が六角形の神社が多いが、ユダヤとは何の関わりもない
単に長寿で縁起が良い「亀」から取った亀甲紋である。
③ 戦国時代の絵画には六芒星=✡の紋がついたユダヤと関わりの深い人達がいる
単なる籠目(かごめ)紋付きの羽織を着た人たちである
古くから魔除けの図形として知られていて、中国からもたらされた知識である
この時代に、ユダヤの六芒星は存在しない
④ ユダヤ人ではないかと噂される天狗が居た鞍馬寺には六芒星=✡が幾つもある

鞍馬寺は8世紀の創建で、勿論この時代に六芒星はユダヤのシンボルではなかった
ヒンズー教やヨーガでは、六芒星はチャクラを表していた
仏教もその影響を受け六輪六脈説を取り、六芒星を刻んだ
17世紀にイエズス会がユダヤのシンボルとして提案した、ダビデの星が、ユダヤの象徴として日本に古くから存在するはずがないのである
ついでにいうと、天狗は鷲鼻のユダヤ人が元ではない
シルクロードの商人で、古代中国に多数住んでいた中東のソグド人が元である
正倉院の伎楽面「酔胡従(すいこじゅう)」 モデルはソグド人
天平・奈良時代には、平城京などで盛んに中国の伎楽が行われていた
伎楽のキャラとして酔胡従は有名で、赤黒くて鼻が高い顔の面がいくつもある
天狗や猿田彦はもともと、伎楽のソグド人の面から発展した、能・狂言・歌舞伎のキャラである

