翔ぶが如く!   6

さて、鼻はまだ痛いけれど、こちらもいよいよメインに取り掛かろう。

まだ生玉子のみずみずしさが残る主役の「具」

端の方から具を少し持ち上げると、玉子汁がご飯に染みているのが確認できた。

左手で丼を持ち一気に口へ頬張ると、牛丼本来の味と香りが広がって、それを玉子の香りが柔らかく包んでいる。

「うんめぇ〜⋯」

思わず声が出る

「だろう!だろう!玉子で正解だったろ〜」

眉毛をピョコピョコ動かしながらツッチーが聞いてきた。

「うん!大正解だね〜」

2人してニヤケ顔。

肉と玉ねぎ、紅ショウガと七味、そして汁の染みたご飯。

ワシワシワシワシと食べ進んで、米粒を集めて流し込み完食。

「ぷぁ〜美味しかった!」

少し早く食べ終わっていたツッチーは水を飲みながら

「シシシシッ、美味かったな!」

と、カウンターに肘を乗せながら笑った。

少しお腹は足りなさがあったけど大満足である。

ふぅ〜っと息をして天井を眺めていたら、チョンチョンとツッチーが肩をつついてきた。

「んっ?なに?」

と聞くと

「これこれ!」

そう言いながら、右手の人差し指と中指を立てながら口の前で投げキッスのように動かしている。

「え〜もう?」

「おぉ!これこれ!」

「ちょっと待ってよ〜、余韻に浸ろうよ〜」

「いやいや!ほれっ!ほれっ!」

投げキッスの動きが早くなる。
ニヤケ顔の眉毛もまん丸になっている。

「じゃあお勘定言うよ」

「おぉ!ほれっ!ほれっ!」

「ツッチー⋯⋯猿みたいだよ⋯」

怒るのかと思ったら、ツッチーはウキャキャキャキャ⋯と笑い出した。

「すみません、お会計お願いします」

店員さんに伝えると笑顔でこちらへやって来る。

「はい、じゃあちょうど千円ね」

そう言われてツッチーを見ると、店員さんを見ながらニヤニヤしている。

⋯嫌な予感⋯
まさかね、逃げる気じゃないよな⋯

腰から下にグッと力を込めた、その時

「千円?千円だよね?」

そう言うと右手を胸ポッケに入れて千円札を取り出した。

「はい〜!ピッタンコ千円!」

シワを伸ばすような仕草でカウンターに擦り付けた。

店員さんは笑顔のままで

「はい、ありがとうございます。悪いね〜貴重な千円もらっちゃって」

と、若者2人の懐事情を心配してくれた。

「いゃ〜、この千円は牛丼食べるための千円だったから!OKっス!」

(ものは言いようだな)と思いつつも笑いながら頭をうんっうんっと縦に振った。

「じゃあ、ごちそうさまでした!」

そう言って、サッシの扉を開ける。

「どうも!ごっそさんでしたー!」

後ろのツッチーも手をあげながら言った。

扉を閉めながら店員さんの

「ありがとうございました」

の声で送られた。

「エースケ!こっち!こっち!」

ツッチーが牛丼屋の裏側、東京クラブとの間にある路地を指差しながら歩いていった。