自衛隊を辞めた男の怨念 | へたれの怖怖日記

へたれの怖怖日記

怖いのほんと苦手なのに、怖い話が大好きという
矛盾に苦しむへたれ男児のつらつら日記です。

今から遡ること数年前の四月、俺は自衛隊に入った。

教育期間中は暴言、殴る蹴るは当たり前、官舎に怒声が響かない日はなかった。

特に、中屋敷と桜原という上官にはよくシバかれ、毎日必ず誰かはこの二人に

殴られていたと思う。

 

俺の同期に、運動が出来なくて物覚えが悪い佐々木というやつがいた。

当然、中屋敷と桜原の格好の目標となった訳だが、佐々木とは同じ班で

同じ部屋だったのでそれなりに仲良くしていた。

五月の半ばの事だった。

銃を持って走っている時に佐々木が吐き気を催してうずくまった。

中屋敷は佐々木の胸ぐらを掴むと、顔面をぶん殴って倒れた佐々木の

腹を数回蹴り飛ばした。よくある光景だ。だから、止めようとする人は

一人もいない。ここでは桜原や中屋敷のような上官が「法律」なのだ。

彼らに口出しすれば今度は自分たちが佐々木のようになるのは

目に見えていた。その夜に、たまたま事務室の前を通りがかった時に

佐々木の泣き声が聞こえた。

 

「オラ、立てや、てめぇ!」

……桜原の声だ。

 

「お前、もう一回泣き言ほざいたら顔面に蹴りを入れるからな」

……これは別の上官の声。

 

「俺はな、別にお前がどうなろうと知ったこっちゃ無い。

ここでくたばってもどうでもいい。お前よりもお前の銃のほうが心配だな」

……中屋敷だ。

 

桜原「死ね!」

……別に珍しい光景ではない。ここではよくある日常の光景だ。

それから、佐々木は段々ノイローゼ気味になり、五月の下旬に自衛隊を辞めた。

「僕は道具じゃなくて人間なんだ。殴られれば痛いと思い、貶されれば傷つく。

『あの人達』はなんとも思わなかっただろうな。ただ怒鳴って殴って蹴っていれば

よかったんだから。けれど、僕はもう限界だった、何もかもが嫌になったんだ。

日本を守りたいと思って入ったのに……殴られるために入ったんじゃないんだ。

この数ヵ月で僕は自衛隊というものにほとほと幻滅した」

 

佐々木は最後、涙を浮かべながら俺にそう言って官舎を出ていった。

それから時が流れて八月、俺はまだ教育期間の頃と同じ部隊にいた。

中屋敷と桜原も同じだ。ある日、二人が俺に言ってきた。

「実はな、教育期間中に辞めた奴らが今どうしているか調べることになったんだ」

「でさ、佐々木の所にも行くからよお前も一緒に来いよ」

上官の頼みならば逆らえるはずはない、俺は一緒に行くことになった。

 

中屋敷「ところで桜原、佐々木の名前覚えてるか?名字しか覚えてねぇや」

桜原「知りませんよ、さっきまであんな奴の存在自体忘れていましたから(笑)」

彼らにしてみれば佐々木はその程度のものでしかなかったのか……

自宅に行くことになり、俺は彼らの会話を聞きながら久しぶりに佐々木へ電話をした。

「ワカッタ。コッチデマッテイルカラ」

以前とは全く違う、抑揚のない機械のような声だが確かに佐々木の声だった。

そのまま三人で彼の家へ向かった。

家へ着き、チャイムを鳴らすと佐々木ではなく別の人が出た。年の頃は二十代前半

落ち着いた雰囲気の女性だ。佐々木の家族ではなく親戚の方だという。

「あの、琢磨さんはいらっしゃいますか?」

 

俺がそう聞いた途端、女性は表情を曇らせて言った。

「琢磨の知り合いの方ですか?……どうぞお入り下さい」

奥の和室に案内された俺達は、しばらく言葉を失った。

 

部屋の西側にあった仏壇……そこに置かれていた真新しい遺影は紛れも無い

佐々木のものだったのだ。しばらくは無言の時間が流れたが、俺は意を決して

女性に質問した。

「あの……琢磨さんはどうして亡くなったんですか?」

「自殺です、一週間前にこの家の二階で首をつったんです」

 

俺は混乱した。さっき電話に出た人は確かに佐々木だったのに……

聞き間違えでは絶対になかった。

混乱して口の利けなくなった俺に変わって中屋敷が話しだした。

自分たちが自衛隊の人間で辞めた佐々木を訪ねに来たことを……

すると、今まで悲しみや困惑のような表情で満たされていた女性の表情が

一転して見る見るうちに険しくなっていった。そして、敵を見るような目で

俺たち三人を睨みつけながら言った。

 

「琢磨は、ちょっと前まではやんちゃというか、陽気な子でした。いつもマイペースな

彼が、ある時を境に急に変わってしまったんです。精神的に不安定で、全く笑わなくなって、

喜怒哀楽のうち喜と楽が抜け落ちてしまったようだったと聞いています。まるで抜け殻の

ようだったと……私たち親戚にも会ってくれませんでした。

そして『こんな筈ではなかった……もう嫌だ』とよくうわ言のように言っていたそうです」

 

俺たちは何も言えなかった。更に女性は言葉を続ける。

「先ほど私が言った彼が変わってしまった『ある時』がいつだか分かりますか?

自衛隊に入ってからです……こうなってしまったのは全部あなたたちのせいなんです……

返して下さい、琢磨を」

 

俺はここにいることに耐えられなかった。桜原はばつの悪そうな顔をして顔を背け、

中屋敷は適当に聞き流している。お悔やみの言葉を言った後逃げ出すように

家を後にした。

帰りの車で俺は何も喋る気になれなかった。

ただ、後ろの二人だけはパチンコや飲み会の話に華を咲かせている。信じられなかった。

もう佐々木の事は眼中に無いのだ。夜になっても、まだ俺は車のハンドルを握り続けていた。

最後に官舎を出る時に俺を見た佐々木の顔や、家を出る時に最後に見たあの女性の

悲しみと怒りが入り交じった表情がフラッシュバックのように脳裏をよぎった。

ぼーっとその事を考えながら運転し続けていた。

 

そして気がつくと、対向車線へとはみ出して、目の前に対向車が迫っていた。

急にハンドルを切った俺たちの乗った車は、そのまま田んぼへと突っ込んだ。

幸いにも、三人とも大きな怪我はしていないらしく、その場で警察を呼んだ。

警察に電話をし終わった時に不意にメールがあった。確認してみると佐々木からだ。

全身に鳥肌が立ち、血管が一気に縮み上がったような気がした。

 

《許さない》

 

メールの内容はそれだけだった。そのあと、俺はすぐに自衛隊を辞めた。だが、桜原と

中屋敷はまだ続けている。彼らが教育部隊にいる限り、また佐々木のような目に遭う人が

出るのだろうか。俺はその後、佐々木の1周忌に出ようとしたが断られた。当然と言えば

当然かも知れない。三周忌も同じだった。今年もまた八月がやってきた。

許してもらおうとは思わないが、また佐々木の墓参りに行こうと思う。