「この髪飾りをくれた少年は、どんな感じでしたか?」
俺は髪飾りを沙織に返しながら聞いてみた。
「私は小さかったので良く覚えて無いんですが、 なぜかとても懐かしい感じが
しました。まるで…」
言い淀んだ沙織の跡を継ぎ、母上様が話し出した。
「まるで、沙織の血縁者の様でした。顔立ちや雰囲気も似ていて、
後になって、もしかしたら沙織の本当の兄では、 と主人と話したものです。
しかし、とても神々しく優しげな少年でしたので、あの少年は神様の遣いで、
沙織は神様が詩織を転生させてくれたのだとその時は考えました」
再び、沙織が話し出す。
「でも、私は詩織姉様の生まれ変わりではなく、妹でした。○○様には
先ほどお話しましたが、私の夢には詩織姉様が良く出てきてくれて、
私をとても可愛がってくれました。いつの間にか私の方が姉様よりも
ずっと年上になってしまったけれど」
親方も詩織の事を想い出したのか、涙ぐんでいる。詩織の事を
覚えている弟子たちも集まってきて、しんみりとした空気に包まれていた。
「最初に握り締めていた髪飾りは、今、持っていますか?」
少しの間静まっていた空気を破り、俺は沙織に聞いてみた。
「はい、ここに有ります。ずいぶんと古いものみたいで傷が多かったので、
ペンダントにしたんです。」
沙織は白い胸元からペンダントとなった髪飾りをを取り出し、俺に
渡してくれた。沙織の体温が残り仄かに暖かいそれを受け取ったとき、
心臓がドクンと脈打った。撫ぜ廻して出来たような擦れ痕と細かい傷が
数多く残るそれは、かつて俺が二度目に納め、そして土砂に埋もれて
しまったあの髪飾りだった。
「・・・その髪飾り、どこかで見た事が…?」
いつの間にか俺の後ろに廻り込んで覗いていたお客様が呟いた。
驚いて振り向くと、そこにはオオカミ様のお社を管理している神主さんが居た。
「あ!これは!○○さんがオオカミ様に納めたモノじゃないですか!」
その場に居た皆の視線が髪飾りと俺に集中する。
「・・・○○、本当なのか・・・?」
親方が搾り出すように問いかけて来た。
「・・・はい、確かに俺がかつてオオカミ様に納めたものです。間違い、有りません…」
「・・・え?え?どういうこと、なんですか・・・?」
沙織が混乱しつつ聞いてきた。いや、周りのすべての人々が混乱している。
俺と、優子さんとその夫、晃を除いて。
「・・・沙織さんが、オオカミ様だという事ですよ。」
晃がボソッと答える。「晃!」俺が叱責するが、晃は構わず語りだした。
「兄さんはオオカミ様を愛し、オオカミ様も兄さんを愛した。
二人の余りの愛の深さに、天照大神様が心動かされ、
オオカミ様はヒトへ、沙織さんへと転生なさったんでしょう。
ただ、時間を越えることまでは出来なかった。 だから…」
「やめろ、晃」
親方が静かに諌めると、流石に晃はそれ以上口を開けなかった。
宴の席は、いつの間にか静まり返っていた。
「さ、お祝いの席が静まっちまったら仕方ないよ!」
パンパンと手を叩きながらおかみさんが声を上げた。
「そうそう、皆さんさあ飲んで飲んで!」
優子さんも声を張り上げる。
堰を切った様に止まっていた時間が動き出した。
俺も晃にコップを持たせ、ビールを並々と注ぎ込んだ。
俺には沙織がビールを注いでくれ、晃と俺は一気に喉の奥へと
流し込んだ。宴は深夜まで続き、沙織とご両親、若い弟子達は
十二時前に部屋へと引き上げた。
お客様がすべて部屋に戻り、それを見届けてから親方夫妻も引き上げ、
最後に残ったのは俺、そして晃と優子さんだった。
三人ともかなり酔ってはいるが、なんとか理性は繋ぎ止めている。
優子さんのお酌で静かに日本酒を飲んでいるうち、晃が口を開いた。
「・・・兄さん、沙織さんはオオカミ様ですよね。」
「・・・ああ、多分、な」
「兄さん、どうするんですか?」
俺は、オオカミ様、いや沙織に自分の気持ちを伝える積りは無い事を話した。
「何故ですか!」晃が声を上げる。
俺は歳が離れ過ぎている事、俺の事を覚えてない事を主な理由として、
そうなると常識的に難しいだろうからと答えた。
「意気地無し」
それまで黙っていた優子さんが俯いたままぼそっと呟いた。
「怖いんでしょう。あの方に拒否されるのが」
ぞくっと背筋に寒いモノが走る。
違う。いつもの優子さんじゃ無い…?
「優子…?」
晃も何かを感じたらしい。
優子さんがすーっと顔を上げる。その顔は優子さんのモノではなかった。
目尻はきゅっと吊上がり、高い鼻梁の下には厚めな紅い唇。
そして、微かに紅く光る瞳。この、刃物のように尖った美貌は…
「お狐様…」晃が息を呑む。
俺の背中にも冷たい汗が流れた。