奇蹟の宴(オオカミ様・宮大工シリーズ11) | へたれの怖怖日記

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怖いのほんと苦手なのに、怖い話が大好きという
矛盾に苦しむへたれ男児のつらつら日記です。

宴が始まる少し前、俺は会場の最終チェックをする為に部屋を出た。
旅館の方に任せておけば良いとは思えど、仕事柄最終的な確認は

自分の目でしないと気が済まないのだ。
自分の貧乏性に苦笑しながら会場に向かう途中、「○○さん・・・?」と

背後から女性に呼び止められた。

 

振り向くと、上品な中年女性が立っている。
どこかで逢った事が有る。俺の記憶が囁くが、名前と素性は出て来ない。
俺が途惑っていると、女性が微笑しながら話し出した。
「何年振りでしょう…私もすっかりおばあさんになっちゃったから解りませんよね。
ご無沙汰しております。詩織の母です。」
瞬間、あどけない少女の笑顔が閃く。


白血病に冒されながら、精一杯生き、微笑みながら逝ったあの少女。
「これは!こちらこそ、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」
溢れるように戻ってくる記憶。懐かしさと哀しさに、ちく、と胸が少し痛んだ。

「○○さんは本当に変わられませんね。あの頃のまま…」
「いえ、自分もすっかり歳を取りました。もうすっかり中年ですよ。
おかみさんから色々と伺っておりますが、今はお幸せなんですね」
「ええ、あの時の○○さんのお心遣いは忘れません。
詩織が微笑みながら逝けたのもみな貴方と、
・・・そしてオオカミ様のお陰ですから…」
しばらく、二人は黙った。俺は、そして恐らく女性も少女の事を

想い出していた筈だ。少しの後、女性が口を開いた。


「あ、なにかご用事だったんでしょう。呼び止めてしまって申し訳有りません。」
「とんでもない。また、後ほど旦那様もご一緒にゆっくりお話させて下さい。」
俺は一礼して踵を返し、宴会場へと向かった。

宴会場はきっちりと設えられており、いつでも宴が始められる状態だ。
親方夫妻は既に玄関で弟子達数人とお客様を出迎えている。
俺が女将さんと少々打ち合わせをしていると、
例のお稲荷様の神主さんご家族が現れた。
「やあ、○○さん!この度はお招きいただいて…」
神主さんが上機嫌で喋りだした。どうも、既に少々飲っているようだ。
「ご無沙汰してます。お元気そうですね。」俺の横に優子さん(娘さん)が来た。
「ウチの宿六がご迷惑をお掛けしてませんか?」「まあ、少しは。」
顔を合わせてぷっと噴出す。今では、すっかり兄妹の様になる事が出来た。
「なにか手伝う事、有りませんか?」
「じゃあ、玄関でご亭主と一緒に受付をお願いします」
料理、飲み物、座布団・・・しっかり設えられているが、結局もう一度確認する。
確かに手抜かり無い、と納得して時計を見るともう三時直前だ。
そろそろ、宴席が埋まりだしている。俺は親方を呼ぶ為に宴会場を後にした。

俺はまだ到着していないお客様を迎える為、親方夫妻と交代して玄関に立つ。


本来なら親方が立つのが道理だが、宴が始まるので一番弟子の俺が代理として

お迎えするのだ。玄関脇に立ち、まだ到着してない方を名簿でチェックしていると
弟子の一人が呼びに来た。だが、まだ数人来られて無い方が居るから、と弟子を

帰す。


女将さんが用意してくれた茶を啜っていると、今度は優子さんが現れた。
「始まったばかりなのに抜けてきちゃダメですよ」
「いえ、ウチの人からの伝言です。オオカミ様が宴会に来てるって…
私のところに飛んできて、俺は手が離せないからとにかく兄さんに伝言してくれって」
「・・・そう、ですか」
俺は玄関を出て、空を見上げた。いつの間にか、雪が降りて来始めていた。