邂逅の時(オオカミ様・宮大工シリーズ09) | へたれの怖怖日記

へたれの怖怖日記

怖いのほんと苦手なのに、怖い話が大好きという
矛盾に苦しむへたれ男児のつらつら日記です。

~俺が初めてオオカミ様のお社を修繕してから永い時が経過した。

時代も、世情も変わり、年号も代わった。日本も、日本人も代わったと言われる。
しかし俺を取り巻く世界はそれほど大きく代わっては居ない。
昔からの気持ちの良い仲間。家族。そして見守ってくださる神仏。
俺の生活は、仕事を中心に穏やかに過ぎて来た。


一度、縁を得て所帯を持ちかけたが、諸事情により断念した。
しかし、その時にも心の中にはあの方が居り、乱れる事は無かった。
いや、だからこそ断念したのかもしれない。
今だから、そう思えるだけなのかもしれない、が。

 

俺は隠居した親方の後を継ぎ、宮大工の棟梁となる事が出来た。
様々な神仏、様々な神職・住職の方々、様々な弟子達と出逢い、

別れて来た。そして、今も天職として毎日を忙しく過ごしている。
俺が独り身なのを心配して、様々な方から縁談を持ち込んで頂いたが、
仕事の多忙さを主な理由に断り続けてきた。


自分でも寂しいと思うことは多かったが、自分は神仏に殉じればよいと

独身を通した。あの時までは。親方が隠居を決めた年の翌正月、

親族や縁者を集めて引退の宴が開かれた。といっても、親方がお世話に

なった人へ感謝の気持ちを込めてお礼の為に行うもので、親方が祝って

もらうと言う趣旨ではない。


いかにも親方らしい、と俺も皆も思い、俺たちは全力で手伝いをした。
おかみさんの実家の伊勢からもご両親が見え、非常に大きな宴となった。

宴会中は招いた方全てに宴会場である旅館の部屋へ泊まっていただくのだが、
親しい親族や遠方から来られる方の中には宴会期間外に数日滞在する方も居る。
その為、年明け前にそう言った方の為の部屋をおかみさんと一緒に手配していた時。
おかみさんの実家から来られるご両親と一緒の部屋に泊まる予定になっている

家族が居る。どこかで見たようなその”榊”と言う苗字に、俺が首を傾げていると

おかみさんが教えてくれた。

 

「○○、その榊さんご家族を覚えているかい?」
家族構成は父、母、そして娘。住所は名古屋だ。
「・・・どこかで聞き覚えの有る苗字なんですが…?」
「ほら、かなり前だけどお前に懐いていて、白血病で亡くなった娘さんが居たろ?」
「ああ!確かに!引越し先は名古屋でしたね!思い出した思い出した!」
あの娘が亡くなった翌年、ご両親は転勤によりこの地を去ったのだ。

「そうか…あの後また娘さんが生まれたんですね。良かったなあ…。
でも、なんでおかみさんのご両親と一緒の部屋に泊まられるんですか?」
「ん、色々有ってねぇ。おまえ、お伊勢さんに旅行行った時の事覚えてるかい?」
そう、オオカミ様のお社が地滑った年末の事だ。
あの時、おかみさんは久しぶりに実家へと顔を出し、ご両親と仲直りをした。
そして、実家の前に捨てられていた女の子の処遇を手伝う為に二ヶ月くらい

実家へ残ったのだ。

 

「あの時、実家じゃあ乳飲み子の面倒は見られないし、警察からは連絡ないし、

いっそウチで引き取っちまおうかと親方に相談しようと思ってたんだよ。

そしたら偶然、お伊勢参りに来た榊さんご夫妻とバッタリ逢っちまって、

榊さんご夫妻がこれもなにかの縁だ、って言ってその女の子を引き取る事に

したんさ。おまえにも話した筈だけどねぇ。」

 

・・・確かに、思い出した。しかしあの頃の俺の頭はオオカミ様で占められていて

すっかり忘れていたのだ。しかし、数日とはいえ可愛らしい乳飲み子の面倒を

見ていたおかみさんのご両親は情が移ってしまい、それからはちょくちょく

榊さんと行き来するようになり、その娘にとっては祖父母同然だと言う。

「なるほど、それで同じ部屋ですか。納得しました。」

「うん、だから大きめな部屋を用意してあげておくれね。」

そして宴の為の手配は全て終わり、年が明けた。俺は例によって除夜の鐘を

聞きながらオオカミ様のお社へと向かった。


最近は忙しさに感けて半年に一遍ほどしか参っていない。

あの少年にも、最後に逢ったのはもう何年も前になる。俺も歳を取ったなあ、

と思いつつ舗装路となったお社への道を走り、階段前の駐車スペースに

辿り着いた。珍しく先客が居る様で、車が一台停まっている。中には中年の

男女が乗っている様だ。もう参ったのか、これからなのか。
俺は階段を上り、鳥居へと辿り着いた。松明の明かりの中、お社の前に

誰かがこちらに背を向けて立っていた。

ひゅう、と風が鳴り、粉雪が舞い散る。
松明に照らされて立っているその後姿には、長い黒髪が揺れている。
俺の心臓がドクンと波打つ。

早まる鼓動に促されるように俺は歩き出した。
すると俺に気付いたのかこちらを振り向いた。

涼しげな瞳、端正な顔立ち、長く艶やかな黒髪。
そして、松明の炎を写して鈍く輝く銀の髪飾り。
俺の記憶の中に有る、あの懐かしい、愛しい姿が其処に有った。

「オオカミ…さま…?」

俺は、呆然と呟いた…