ある年の秋。
季節外れの台風により大きな被害が出た。
古くなった寺社は損害も多く、俺たちはてんてこ舞いで
仕事に追われた。その日も、疲れ果てた俺は家に入ると
風呂にも入らずに布団に倒れこんで寝てしまった。
「○○様、○○様…」
どこかからか懐かしい声が聞こえる。
この、鈴の鳴るような声は…俺はのそのそと起き上がると
廻りを見廻した。すると、枕元に懐かしい姿があった。
「オオカミ様…」
夢か現か、幾年振りかに見る姿。
「○○様、お久しゅうございます。」
彼女は泣き笑いの様な不思議な表情で俺を見つめている。
良く見ると、白い顔と着物は泥にまみれ、長い黒髪もバサバサである。
そして、俺の納めた銀の髪飾りも見当たらない。
「申し訳ございません。○○様に頂いた髪飾りを失くしてしまいました…」
彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
俺は取り乱し、どうして良いか解らなくなってしまった。
「そんな、泣かんで下さい。また新しい髪飾りを、貴女にもっとお似合いの
髪飾りを見つけてきますから…」
彼女はポロポロと涙を零しながら
「お許しください…」と言い、ふっとかき消す様に居なくなってしまった。
「オオカミ様!待って、待って下さい…」
はっと目覚めると、窓の外は白みつつあった。
出勤し事務所に入ると、直ぐに親方に呼ばれた。
「おう○○!実はな…」
「オオカミ様の社に何か有ったんですね!」
親方の声を遮るように俺が叫ぶ。
「お、おお。良く解ったな。先日の台風で、オオカミ様の社が地滑ったらしい。
さっき神主さんから連絡が有った。社は下の林道辺りまで落ちて土砂に
埋まっているそうだ。」
「親方!俺は今日からオオカミ様の社に行かせて下さい!」
「バカヤロウ!地滑ったばっかで社の修復なんぞまだまだ先だ!
それに、お前が掛かってる現場はどうすんだ!」
親方に怒鳴られたが、俺は喰い下がった。
「お願いします!なんなら今日は休みでも良いんです。様子を見るだけでも!」
親方は凄い形相で俺を睨んでくる。しかし、昨夜のことも有り、
俺は負けずに睨み返した。何分ほど睨みあっていただろうか、
突然おかみさんが口を挟んできた。
「おまえさん、行かせておやりよ。○○、昨夜夢枕にオオカミ様が立ったのかい?」
「・・・はい、おかみさん。」
「で、社を早く直して欲しいとでも言われたのかい?」
「いえ、泥だらけの姿で出て来ましたが、社の事は何も…」
「じゃあなんで出てきたんだい?」
「俺が納めた髪飾りを失くしちまったと。泣きながら謝るんですよ…」
「ふう…」
親方が溜息をつく。
「やれやれ、相思相愛かよ。しかし神様相手じゃキスも出来んだろうによ。
まあ良いや。行っていいぞ○○。ただ、無理すんじゃねえぞ」
「はい!ありがとうございます!」
俺は軽トラにスコップや鋤簾を積むと、急いで社へと向かった。
途中の林道は予想以上に荒れており、四駆にしなければ越えられないほどの
場所が何箇所も有った。
何時もの倍以上の時間を掛け、なんとか社の付近まで近付いたが、
其処には目を覆うような惨状が広がっていた。
社へと上る長い階段は跡形も無く、社の建っていた広場は殆どが
削られてしまっている。鳥居は見当たらず、恐らく土砂に埋もれている。
そして、社は土砂に半ば埋もれかかった無残な姿を晒していた。
俺は四苦八苦しながら社へと近付き、状態を確認した。
とりあえず社の周りを探し回るが、髪飾りなどは見付からない。
四時間ほども探し回ったが見つけられず、途方に暮れながら軽トラに
戻ろうとした時、目の端で何か光るものを見た。
急いで当たりを付け、駆け寄って見る。
そしてその周辺をスコップで掘り返してみると、数回の後に土砂の中から
鈍く光る髪飾りを掘り出す事が出来た。とりあえずお社に向かって一礼し、
先ほど掘り出した狛狼様二体を軽トラの荷台に固定し、
このお社を管理している麓の神社へと向かい、神主さんに事情を話して
引き渡してきた。ただ、髪飾りは俺が持ち、お社の修復後に改めて
納める事となった。
事務所に帰ってから、急いで現場に向かう。仕事を終えて戻ると、
親方は他の現場から既に戻っていた。
「おう、○○。髪飾りは見付かったか?」
俺は一通り報告し、地滑りの修復が終わった後のオオカミ様の
お社は俺に任せてくれるようにお願いした。
「ああ、言われんでも解ってる。どっちにしろ来年の話だぁな」
「そうですね。役所がとっとと動いてくれるといいんですが…」
俺はそう答えながら髪飾りを握り締めた。