櫻井日和 ってブログタイトルだった気がする

書きたくなったのでまた書きます。



17年の嵐ファン人生が終わった


私たちオタクにとって嵐とは文字通り酸素であり、

嵐と共に育ち、生活の中にいつも嵐がいて、

嵐のために勉学に励み、嵐のために金銭を稼ぐ。

そんな存在であったはず。


そんな当たり前に隣にあった存在なのに。


私がまともにオタクしてたのは2009〜2013と2018.2019だけだったけれども。

人生の中で少なくはない時間を嵐に捧げてきたから、

今熱を上げて応援している人物が櫻井翔以外であろうと、やっぱり寂しい。

心にぽっかり穴が空いた気分。


青春時代は全て嵐に捧げてきた自負があるので、ちょっと振り返って記録しておく。

いつか、いつかまた嵐5人に会える日が来たとき。

そんな日はもう来ないのかもしれないけど、

「そんなこともあったな〜〜」

って笑って読み返せるように。



2009年の3月ごろ

小学校の卒業を控え、塾が同じ友達2人と映画を観に行こうという話になった。

友達とだけで電車に乗って遊びに行くのはそれが初めてだった。

母親に相談すると、「ヤッターマンっていう映画がやってるらしいからそれ観てみれば?」と勧められた。

あれが多分、全ての始まりだったと思う。



2009年3月24日

あの日私は自室でコソコソと

Music Lovers DREAM LIVE 2009を見ていた。

ワンセグで。


その時に観たのが嵐のBelieve。

なんでMラバを見たのかは全く分からない。

ヤッターマンっていう映画を観たからっていうのが理由かもしれないし、

当時小学校では嵐が流行っていて、

趣味も何もなかった私は多分周りに流されて


「花男?見てる見てる!嵐好き!特に松潤!」


ってノリで言ってたと思う。適当すぎる。

多分メンバーの名前も松潤しか知らなかった。

ちなみに正直花男はまともに見たことはない。



一緒にヤッターマンを観に行った友達は山田涼介が好きで、

Hey!Say!JUMPもMラバに出るらしい。

そんな情報もあってなんとなく見てみようと思ったのかもしれない。

ワンセグなので当然画質も悪いし、

当時親の前でテレビを見ることに恥ずかしさがあった私は、イヤホンをして見てた。



初めて自分の意思で見てみようと思った番組、それがMラバだった。

そこに映る嵐は小6の私には眩しいくらいにキラキラしていてあっという間に虜になった。

中でも櫻井翔という男がより一層輝いて見えた。

一目惚れだった。ほぼ初恋だった。

顔もかっこいい。髪型もかっこいい。スタイルもいい。歌も上手い。ラップ?とかいうのもできる。

しかもこないだ観た映画の主人公じゃないか。

この歌聴いたことある!!!!!!!


好き!!!!!!!!!


もうアドレナリンドッバドバ。


この日、私は嵐の櫻井翔のファンになりました。



そこからの人生は嵐一色になって。

毎日学校から帰るとパソコンに張り付いて嵐について勉強する日々。学校の勉強しろよ。

Wikipediaで嵐を検索し、櫻井翔の情報を脳に刻み込む。

歌ネットで曲を調べてCampusノートに歌詞を書き写す。

プリ画像で歌詞画像を探し、ダウンロードして携帯の待ち受けにする。

iPod nanoに曲を入れて移動中も家でも耳にはイヤホン。


そんな毎日が幸せだった。

同世代の嵐ファン、みんな同じ毎日過ごしてたよね?記憶にあるよね?絶対。



そんな時ある情報を得た。

どうやら嵐は今年10周年らしい。

アニバーサリーツアーをするらしい。

ファンクラブというものに入れば行けるらしい。

……行ってみたい!!!!!


夜な夜なパソコンと睨めっこする私を親は不思議がり、なにをしているのかと聞かれた。

私は親になにかを打ち明けるのが苦手だった。

笑われると思った。

でもコンサートに行ってみたい。嵐に会いたい。


「わたし、嵐が好きなんだ」


親は笑わなかった。

「へえ」

それだけだった。

多分本気にしていなかったんだと思う。


「ファンクラブに入りたい」


「まだ早いよ」

そんなやりとりをしたと思う。



結局コンサートに行くことは叶わなかった。

しかもそもそも私がツアーの情報を得た時にはもう締切も終わっており、

ファンクラブに入ったとしてももう間に合わなかった。

ショックだった。櫻井翔を見てみたかった。


そこからの私は毎日親に嵐の素晴らしさ、

櫻井翔のかっこよさ、どれほど好きかを熱弁する日々を送る。


誕生日には5×10 All the BEST!をねだったし、買ってもらった。

親の前で嵐の宿題くんを見るようになったし、

その後のZEROも欠かさず見るようになった。

翌日も学校だというのに眠い目をこすりながらZEROが終わるまでテレビの前で粘る私に、

いつしか母親も付き合ってくれるようになった。



そんな日々を続けるうちに、ついに親からの承諾を得た。

「自分のおこづかいで入るならいいよ。」

中学1年生の自分に5000円ほどの入会金はかなり大金だったけれど、

都内に住む祖母の家に遊びに行けば必ずおこづかいがもらえた。

母と一緒に祖母の家に行った帰り、

2人で郵便局に行って申し込み用紙を書き、

念願の嵐のファンクラブに入会した。


後日届いた会員証は黄色で、

櫻井翔のアルファベット表記はsyo sakuraiだった。

嬉しかった。宝物だった。

会員番号は53万台だった。

今はもうあの会員証は持っていないけれど、

今でも会員番号は暗記している。



翌年に決まったツアーは風景魂で、

絶対行くぞ!と意気込んでいたけど落選だった。

新規は当たらないんだ、そう思った。



ライブ当日、チケットはないけれどグッズが欲しいという私を両親は車で国立競技場に連れて行ってくれた。

暑い中何時間も母親と列に並んだ。

父親はずっと車で待っていてくれた。

欲しいと言ったグッズは全て親が買ってくれた。

トートバッグもペンライトも、ポスターもうちわもピンバッジも。

缶に入った絆創膏もあったなあ。


トートバッグを肩にかけて会場周辺を歩くと、

やっと嵐ファンの一員になれた気がして本当に嬉しかった。



音漏れを聴くために歩き回って、背の高いビルに反射して映る会場内のスクリーンを見ながら歌った。

『空高く』で会場から浮かび上がる無数の風船を見て、羨ましくて泣いた。



翌年2011年は3月に東日本大震災があった。


コンサートはないかもしれない。そんな噂があった。

それでもジャニーズは、嵐は、復興としていろいろなことを考えてくれた。

代々木のチャリティー募金にも親と行った。

嵐が来るかもしれない。

そんな不純な動機で足を運んでしまったけれど、もちろん嵐はいなかった。

私が到着する数時間前に潤くんが誰かはいたらしい。

でもちゃんと少ないお小遣いを募金した。


ワクワク學校が発表された。

私はコンサートに行きたかったから申し込まなかった。

今思うとアホだなあという感じだけれど。

直前でやっぱり行きたくなった私は、

親に協力してもらってチケットぴあの電話申し込みをした。

取れないと思っていたけれど、奇跡的に繋がって2枚取ることができた。叫んで飛び跳ねて喜んだ。

初めて嵐に会える。

チャリティーイベントだけれど、もう嬉しくてたまらなかった。


当日はなんちゃって制服を着て、

茶髪に憧れていた私は姉から茶髪ロングのウィッグを借りて被って登校した。

憧れで大好きなまほちゃんと初めて会ったのもその日だった。

まほちゃんとは今でも仲良し。

ウィッグで頭デカくてビックリさせてごめんなさい。笑


一般チケットだからすごくすごく席が遠くて

嵐は豆粒のような小ささだったけど、

初めて生で見る嵐は本当にかっこよかった。

白衣似合ってたなあ。

楽しかったなあ。


同年に発表されたBeautiful Wordツアー。

一度は入ってみたいと思っていた国立競技場が当選。

嬉しくて嬉しくてたまらなくて。

当日厳しい部活に入っていたけど、

強い気持ちを持って休んで参戦した。

嵐にミリも興味がない姉を召喚。

親に送迎してもらって参戦した。


これまたすごく遠い席だったけど、

初めて歌って踊る嵐を見たんだよ。

そしてライブ開始1発目の曲。


まさかの『Believe』


意味分かんなかったね。

まさか初っ端で1番好きな曲が来ると思わないじゃない?

私的ピークが1曲目。早漏にしても早すぎる。


そんなこともあって、もうBelieveには運命しか感じない。

🎶出逢うべくして出逢い〜〜でしかない。

Believeは私にとって原点であり頂点。

あれを超える好きな曲はない。

私の嵐友達はどれだけ私がBelieveを好きで

ヤッターマンが好きで、

高田ガンが好きかを知ってると思いますが、

そんな出来事があったのです。


話は戻ってようやく当たったBW魂では、

席が遠いから不器用ながらも初めて作ったうちわは当然見てもらえないし、

ペンライトを振って周りのファンの人について行くので精一杯だったけど、

ほんとに楽しい3時間だったなあ。


あと嵐ファン全員思ってると思うんだけど、


『Joy』って結局なんだったん?


私がいなかった10年ほどの間に答えは出ましたか?

どこかで披露されてたりしますか?

強化合宿で歌うためだけに作られた歌でしたかね?


もし答えを知っている方がいたら教えてください。



もっと書きたい思い出たくさんたくさんあるけど、

指が限界になってきたので一旦終わり。

またいつか続きを書けたらいいな。



追記:よく思い返してみると記憶の時期にズレがあったりしたからちょくちょく訂正入れてます。