下手っぴ弾き語りストの歳時記 -5ページ目

下手っぴ弾き語りストの歳時記

自他ともに下手っぴと認める弾き語りストの変なオッサンが、好きなことを好き勝手に書き連ねるだけのブログです。スルー激しく推奨♪

自然の摂理に反してる

なんて言葉を目にしたり耳にしたりする。
LGBTの問題について語られる時とかにね。

政治家とかコメンテーターとかも、よく口にするみたいだしさ。

その度に思っちゃうんだよね…。
何を言ってんだろう?って…

 

ヒト(人間)という種を除いて、この星に生きる全ての命が、何のために生きているのか?と問えば、その答えは種の保存しかない。自らの種を残していくために…必要に応じて環境に合わせて進化するし、それが叶わねば絶滅する。
生き残るために、より優秀な子孫を残さなければならないので、より優秀なオスだけが、より優秀なメスを確保することができる。
優秀の意味合いは、その状況に依って変化はあるものの、より優秀のカテゴリーに入らない命がどうなるかと言えば…それは淘汰されるだけだ。

そうやって、この星の命は巡っている。


そして人間だけが、その過酷なルーティンからは外れている。
それは単に、種の保存を脅かす存在がいないから…に過ぎないけどね。
食物連鎖に於ける天敵も存在しないので…他の種のように、種の保存に躍起になる必要がない。
もちろん元は他の命と同じルーティンに居たのだけど…知能を持ち、文化・文明そして社会を構築していく中で、ヒトだけが別のステージに立っている。
これらが成熟していく中で…今の民主主義は生まれているわけだ。

自然の摂理を謳えば…基本的人権なんて、ありえない。
より優秀な種を遺さなければ絶滅を余儀なくされる状況に、そんな余地はない。
たとえば、高齢者福祉に於いても、障害者福祉に於いても…自然の摂理=種の保存に従えば、淘汰されて然るべき存在でしかない。
って書くと、あたかも民主主義を否定しているかのように誤解されるかもしれないけれど…そんなことはない。
民主主義は、人間が長い時間を掛けて、ようやく獲得した…素晴らしい財産である。
 

ここで私が言いたいのは…民主主義を獲得した人間に対して、自然の摂理を謳っても意味を成さないということだ。
今さら自然の摂理を持ち出して…民主主義を否定する気?
もう人間は、自然の摂理から乖離したところに存在しているのに…。

もちろん、ヒトも生きとし生ける命であることに変わりは無いから…最終的には自然の摂理から逃れることはできないのだけどね。
民主主義自然の摂理とのバランスが、今後、社会的に成熟していく上で課題になっていくわけで…今が、その過渡期であり、重要な分岐点に立っているのかもしれません。