先日のサイト更新のお知らせ記事のなかでもチラリと書いてますが、
4月9日IN TOKYO にて、
アメブロ経由でよくしていただいている森田さんと会ってきました!
ウチのサイトの宝物庫にある、
甲冑アンネさん(捏造葡)さんを描いていただいたあのかたですよ…!
ぶっちゃけ、ブログを拝見したかなり初期から
「(´・д・`) ヤダこのヒトおもしろい…!
…いつか会ったる…!」
とみもざ脳内でロックオンされていただなんてまさかそんな。
本人にはお伝えしましたが※言ったんかい。
めっちゃおもしろい引き出し多いねんて!
知識の引き出し、歌や文化や歴史! 宇宙!!
日本近代史!!! 城郭!!!
もうこのヒトに会ったら楽しい予感しかしないみもざが。
と常々思っていたんですよ。
そしたらこっち(東京)来るっておっしゃるではないですか…!
絶対休みとるゼッタイ。
というわけで、何記事かオフレポを書かせていただこうと思います!
いっしょしてくださった森田さんへのお礼記事兼というより
むしろみもざのパブりっぷりを公開して、
みなさまにうすら笑いを提供しようという企画ですヨ!
長丁場なので今回アルコール含有量ゼロだったのに、
このパブりっぷりとはこれいかに。
萌要素はアルコールと同じ作用を示す事例ですね。
まずは本編に入る前に
『コレ、おまえ、完全に私信じゃねぇかあああああああ!!!』
という補足編行ってみますぞ!
●ガロさんについて

口頭では
「ポルトガルでは幸せの雄鶏として
マスコット的存在になっているみたいですよー」
としかお伝えしなかったので、補足。
はてさて今を遡ること16世紀のおはなし。
16世紀といえばアレだ、
ぽるとがるさんは「大航海時代ひゃっほーい!」と
その後某眉毛と某チューリップ兄さんに足蹴にされることも知らずに
親分とブイブイ言わせていた時代ですよひゃっほーい!
閑話休題。
バルセロスの地にひとりの修道士が訪れます。
ちょうどこのころこの街には泥棒騒ぎがあり、犯人がなかなか捕まらない。
とばっちりはこの修道士。
無実の罪で逮捕され、絞首刑が言い渡されてしまいます。
その修道士は言いました。
「最後に自分に絞首刑の判決をくだした裁判官に会わせてくれ」と。
裁判官に無実を訴えますが、取り合ってくれません。
無実の罪をきせられた修道士は言います。
「今このテーブルにのっている丸焼きの雄鶏。
明朝、刑に処せられるとき、
わたしの無実の証として高らかに鳴くだろう。」
修道士の言葉を、みな大笑いしますが…。
翌朝、処刑の時刻に、丸焼きの雄鶏が高らかに鳴いたのです!
裁判官は判決を翻し、修道士の無実を認めたのでした。
って解説長ぇえッスね! これだからOTAKUは!(笑)
今回は自分の娘(※捏造葡♀)可愛さの
親ばかココロの方が近い気がしますが。
まかおさんとこでもお土産屋さんでたまーに見ました、がろさん。
ピンバッチや携帯ストラップが可愛くて邪魔にならないのでおすすめ。
東京国立近代美術館の近くの家具屋さん?でも、
ガロさんのコルク栓を多数目撃したことがあって不思議だったのですが、
お店がもうその時間閉まっていたので、真相も確かめられず不明です。
思い出したらすんごい気になるなおい。
●ウチの祖国と葡さんの共同作成した映画のこと
2010年が「日本ポルトガル修好通商条約」150周年という記念すべき年で
アート展があったり、ポルトガル映画祭があったりと
実はリアルでも、NIPPONにて
葡さん関係が活発化していた年だったのですよふそそん!
※みもざがドヤ顔をする必要はない。
ポルトガル映画祭2010、
いろいろな葡さんとこの映画を日替わりで上映されていたのですが、
みもざが唯一見に行けた一作が、日葡が共同で制作した
「恋の浮島/1982」
これがオフのときにお話した作品ですね。
めっさ暗い・哲学的・イミフな映画で
一般受けしないことこのうえないと思うのですが、
時代背景が1854-1929に生きたポルトガルの作家モラエスというかたの
オンナ遍歴 波乱に満ちた一生を描き出した力作。
ポルトガル本国~マカオ~日本と舞台が移るので、
もうどんなみもざホイホイな映画なんでしょうか!
とスクリーンに問い詰めてやりたい。
わたくし、何をトンデモな勘違い発言したか、
森田さんに、カモンイスさんの映画とか言ったような気がするんですが
確実に間違ってます。
この時代にカモンイスさん生きてたら、
にーに並みのバケモごふもふ仙人です。
このシアター内でニヨニヨしてた観覧者はみもざくらいだ。
だって作中に
「(いぎりすに)犯された祖国(葡のこと)」
って出てきたんだもの。
アタイ、ワルクナイ。
この作中のセリフの背景は、
当時がいぎりすさんに経済的従属を強いられていて、
ぽるとがるさん国内が荒れている時代背景があったからのようです。
たぶん。
なおこの映画にはすぺいんの「す」の字も出なかったことが
個人的に思い出深い。
●プロイ先生の考察
質問いただいた、
「ぷろいせんさんは、何故欧州で
軍国としてのし上がることができたのか?」
に対するみもざのちょっと夢見がちな考察でしたが、
口頭での返答は、所詮夢見がちなOTAKUの戯言でありましたよ。
サイトやブログでは既出のこの本、
「ドイツ参謀本部/渡部昇一」
どいつと称しつつ、
中身はがっつりプロイ先生という大変ぐっじょぶな本なのですが
三十年戦争からこっち、
例の大戦(WWに関してはさらりとしか記載はないですが)に至るまでの
欧州の陸戦史でもあるので、
機会があれば元々知識のある方に読んでいただきたい一作。
どうもこの本をぱらっと再読した感じ、
プロイ先生もはっちゃけまくりというわけではないようなんですね。
それなりにその当時のルール・認識内(俗に言う「制限戦争」)で
やっておられたというか。
というかそのルール内下だったからこそ、
よりコマとして優秀な軍・その軍を
手足のように操れるほどの精度の高い指揮系統を持っていた
親父時代のプロイ先生が軍国としての威光を示したのは
このあたりの要因も大きな一つだったのではないかと勝手に推測。
え、みもざ、親父に夢見すぎですか。
でもでも!このときの親父本気でかっけーんスよ!
おやじーおやじー(*´д`*)
こんな補足ですみません。
素人補足ですみません。
途中でウッカリ別方向にいきそうになっててすみません。
本編も今日中に書けるよう頑張りますぞ!
その前におしごと的な宿題するぞ…。
コメ返は後ほどさせていただきますね!
ようつべの方も…ほったらかしでいつもごめんなさい…。
ではのちほどお会いできることを祈っててください!
※すでに願望フラグ
4月9日IN TOKYO にて、
アメブロ経由でよくしていただいている森田さんと会ってきました!
ウチのサイトの宝物庫にある、
甲冑アンネさん(捏造葡)さんを描いていただいたあのかたですよ…!
ぶっちゃけ、ブログを拝見したかなり初期から
「(´・д・`) ヤダこのヒトおもしろい…!
…いつか会ったる…!」
とみもざ脳内でロックオンされていただなんてまさかそんな。
本人にはお伝えしましたが※言ったんかい。
めっちゃおもしろい引き出し多いねんて!
知識の引き出し、歌や文化や歴史! 宇宙!!
日本近代史!!! 城郭!!!
もうこのヒトに会ったら楽しい予感しかしないみもざが。
と常々思っていたんですよ。
そしたらこっち(東京)来るっておっしゃるではないですか…!
絶対休みとるゼッタイ。
というわけで、何記事かオフレポを書かせていただこうと思います!
いっしょしてくださった森田さんへのお礼記事兼というより
むしろみもざのパブりっぷりを公開して、
みなさまにうすら笑いを提供しようという企画ですヨ!
長丁場なので今回アルコール含有量ゼロだったのに、
このパブりっぷりとはこれいかに。
萌要素はアルコールと同じ作用を示す事例ですね。
まずは本編に入る前に
『コレ、おまえ、完全に私信じゃねぇかあああああああ!!!』
という補足編行ってみますぞ!
●ガロさんについて

口頭では
「ポルトガルでは幸せの雄鶏として
マスコット的存在になっているみたいですよー」
としかお伝えしなかったので、補足。
はてさて今を遡ること16世紀のおはなし。
16世紀といえばアレだ、
ぽるとがるさんは「大航海時代ひゃっほーい!」と
その後某眉毛と某チューリップ兄さんに足蹴にされることも知らずに
親分とブイブイ言わせていた時代ですよひゃっほーい!
閑話休題。
バルセロスの地にひとりの修道士が訪れます。
ちょうどこのころこの街には泥棒騒ぎがあり、犯人がなかなか捕まらない。
とばっちりはこの修道士。
無実の罪で逮捕され、絞首刑が言い渡されてしまいます。
その修道士は言いました。
「最後に自分に絞首刑の判決をくだした裁判官に会わせてくれ」と。
裁判官に無実を訴えますが、取り合ってくれません。
無実の罪をきせられた修道士は言います。
「今このテーブルにのっている丸焼きの雄鶏。
明朝、刑に処せられるとき、
わたしの無実の証として高らかに鳴くだろう。」
修道士の言葉を、みな大笑いしますが…。
翌朝、処刑の時刻に、丸焼きの雄鶏が高らかに鳴いたのです!
裁判官は判決を翻し、修道士の無実を認めたのでした。
って解説長ぇえッスね! これだからOTAKUは!(笑)
今回は自分の娘(※捏造葡♀)可愛さの
親ばかココロの方が近い気がしますが。
まかおさんとこでもお土産屋さんでたまーに見ました、がろさん。
ピンバッチや携帯ストラップが可愛くて邪魔にならないのでおすすめ。
東京国立近代美術館の近くの家具屋さん?でも、
ガロさんのコルク栓を多数目撃したことがあって不思議だったのですが、
お店がもうその時間閉まっていたので、真相も確かめられず不明です。
思い出したらすんごい気になるなおい。
●ウチの祖国と葡さんの共同作成した映画のこと
2010年が「日本ポルトガル修好通商条約」150周年という記念すべき年で
アート展があったり、ポルトガル映画祭があったりと
実はリアルでも、NIPPONにて
葡さん関係が活発化していた年だったのですよふそそん!
※みもざがドヤ顔をする必要はない。
ポルトガル映画祭2010、
いろいろな葡さんとこの映画を日替わりで上映されていたのですが、
みもざが唯一見に行けた一作が、日葡が共同で制作した
「恋の浮島/1982」
これがオフのときにお話した作品ですね。
めっさ暗い・哲学的・イミフな映画で
一般受けしないことこのうえないと思うのですが、
時代背景が1854-1929に生きたポルトガルの作家モラエスというかたの
ポルトガル本国~マカオ~日本と舞台が移るので、
もうどんなみもざホイホイな映画なんでしょうか!
とスクリーンに問い詰めてやりたい。
わたくし、何をトンデモな勘違い発言したか、
森田さんに、カモンイスさんの映画とか言ったような気がするんですが
確実に間違ってます。
この時代にカモンイスさん生きてたら、
にーに並みのバケモごふもふ仙人です。
このシアター内でニヨニヨしてた観覧者はみもざくらいだ。
だって作中に
「(いぎりすに)犯された祖国(葡のこと)」
って出てきたんだもの。
アタイ、ワルクナイ。
この作中のセリフの背景は、
当時がいぎりすさんに経済的従属を強いられていて、
ぽるとがるさん国内が荒れている時代背景があったからのようです。
たぶん。
なおこの映画にはすぺいんの「す」の字も出なかったことが
個人的に思い出深い。
●プロイ先生の考察
質問いただいた、
「ぷろいせんさんは、何故欧州で
軍国としてのし上がることができたのか?」
に対するみもざのちょっと夢見がちな考察でしたが、
口頭での返答は、所詮夢見がちなOTAKUの戯言でありましたよ。
サイトやブログでは既出のこの本、
「ドイツ参謀本部/渡部昇一」
【送料無料】ドイツ参謀本部 |
どいつと称しつつ、
中身はがっつりプロイ先生という大変ぐっじょぶな本なのですが
三十年戦争からこっち、
例の大戦(WWに関してはさらりとしか記載はないですが)に至るまでの
欧州の陸戦史でもあるので、
機会があれば元々知識のある方に読んでいただきたい一作。
どうもこの本をぱらっと再読した感じ、
プロイ先生もはっちゃけまくりというわけではないようなんですね。
それなりにその当時のルール・認識内(俗に言う「制限戦争」)で
やっておられたというか。
というかそのルール内下だったからこそ、
よりコマとして優秀な軍・その軍を
手足のように操れるほどの精度の高い指揮系統を持っていた
親父時代のプロイ先生が軍国としての威光を示したのは
このあたりの要因も大きな一つだったのではないかと勝手に推測。
え、みもざ、親父に夢見すぎですか。
でもでも!このときの親父本気でかっけーんスよ!
おやじーおやじー(*´д`*)
こんな補足ですみません。
素人補足ですみません。
途中でウッカリ別方向にいきそうになっててすみません。
本編も今日中に書けるよう頑張りますぞ!
その前におしごと的な宿題するぞ…。
コメ返は後ほどさせていただきますね!
ようつべの方も…ほったらかしでいつもごめんなさい…。
ではのちほどお会いできることを祈っててください!
※すでに願望フラグ