27歳のある日、足に違和感を覚えた。最初は「疲れかな」と思っていたが、その違和感は徐々に広がり、原因がわからないまま身体は変わっていった。働き続けるのが難しくなり、気づけば車椅子での生活になっていた。日常の当たり前が一つずつ失われていく中で、自分の存在を疑う日々が続いた。
「ああ、もう終わった」と何度も思った。だが、人生は時々、小さなきっかけで静かに方向を変える。ラポール横浜での一回のパラスポーツ体験が、僕にとってのバタフライエフェクトになった。もしあの日行かなかったら、もし心が折れて動けなかったら、今の僕は存在していなかっただろう。
クライミングは、できない理由ではなく「どうやったらできるか」を考えさせてくれた。両脚が使えない僕にとって、腕は命のようなものだ。壁の前では、言い訳は役に立たない。できる工夫を積み重ね、少しずつ前進していく。その積み重ねが、僕に「自分の力で希望を作れる」という感覚を取り戻させてくれた。
失敗も悔しさも、痛みも全部が燃料になった。HYROXを始めたとき、「HYROXやって弱くなったと思われたくない」「パラクライマーが別競技やってもそんなもんなのかと思われたくない」と自分にプレッシャーをかけ続けた。誰かのためではなく、自分のプライドに嘘をつかないためだ。犠牲も受け入れ、毎日を誇れるように生きる覚悟で取り組んできた。
そして、2025年11月に開催されたJPCA Paraclimbing Japan Series(Lead)第1戦 倉吉で、初めて金メダルを手にした。その瞬間は、勝ち負けを超えた「積み重ねの形」だった。もし僕がいつかこの世を去るときが来ても、このメダルが「生きた証」として残ってくれたらいい。見える形の証だけでなく、誰かの心にそっと届く勇気になってほしいと思う。
もちろん、これは通過点だ。頭の中はすでに日本選手権へ向かっている。弱点の場面で勝ててこそ、本当の意味で強いと言える。悔し涙はもう十分に流してきた。次は嬉し涙を流せる自分でありたい。
支えてくれた人たちへの感謝も忘れない。所属、スポンサー、コーチ、仲間、会場で声をかけてくれた皆、そして日常で支えてくれる人たち。挑戦できる場があることは当たり前ではない。僕は一人ではここまで来られなかった。心から感謝している。
そして、僕の本当の夢はもっと大きい。
「生きるのが辛い誰かが、僕の姿を見て『生きたい』と思ってくれたらいい」
それは大袈裟じゃない。水の中で泣いて誰にも気づかれず沈んでいく人の苦しさが、僕には分かる。声を出せず、孤独の中で耐えている人に、言葉よりも姿勢で寄り添いたい。難病になっても、車椅子になっても、病気の進行と向き合いながら、それでも壁を登り続ける「その姿そのもの」で。
「苦しくても、まだ終わりじゃない」
「人は何度でも、自分の手で未来を作り直せる」
そんなメッセージを、僕という存在で届けたい。いつか誰かがこう言ってくれたらいい。
「あなたを見て、もう一度生きようと思えました」
その言葉を聞くために、僕は今日も生きて、登っている。僕が残したいのは「長く生きた証」ではない。生き方で、誰かの人生を変えた証だ。
「ああ、もう終わった」と何度も思った。だが、人生は時々、小さなきっかけで静かに方向を変える。ラポール横浜での一回のパラスポーツ体験が、僕にとってのバタフライエフェクトになった。もしあの日行かなかったら、もし心が折れて動けなかったら、今の僕は存在していなかっただろう。
クライミングは、できない理由ではなく「どうやったらできるか」を考えさせてくれた。両脚が使えない僕にとって、腕は命のようなものだ。壁の前では、言い訳は役に立たない。できる工夫を積み重ね、少しずつ前進していく。その積み重ねが、僕に「自分の力で希望を作れる」という感覚を取り戻させてくれた。
失敗も悔しさも、痛みも全部が燃料になった。HYROXを始めたとき、「HYROXやって弱くなったと思われたくない」「パラクライマーが別競技やってもそんなもんなのかと思われたくない」と自分にプレッシャーをかけ続けた。誰かのためではなく、自分のプライドに嘘をつかないためだ。犠牲も受け入れ、毎日を誇れるように生きる覚悟で取り組んできた。
そして、2025年11月に開催されたJPCA Paraclimbing Japan Series(Lead)第1戦 倉吉で、初めて金メダルを手にした。その瞬間は、勝ち負けを超えた「積み重ねの形」だった。もし僕がいつかこの世を去るときが来ても、このメダルが「生きた証」として残ってくれたらいい。見える形の証だけでなく、誰かの心にそっと届く勇気になってほしいと思う。
もちろん、これは通過点だ。頭の中はすでに日本選手権へ向かっている。弱点の場面で勝ててこそ、本当の意味で強いと言える。悔し涙はもう十分に流してきた。次は嬉し涙を流せる自分でありたい。
支えてくれた人たちへの感謝も忘れない。所属、スポンサー、コーチ、仲間、会場で声をかけてくれた皆、そして日常で支えてくれる人たち。挑戦できる場があることは当たり前ではない。僕は一人ではここまで来られなかった。心から感謝している。
そして、僕の本当の夢はもっと大きい。
「生きるのが辛い誰かが、僕の姿を見て『生きたい』と思ってくれたらいい」
それは大袈裟じゃない。水の中で泣いて誰にも気づかれず沈んでいく人の苦しさが、僕には分かる。声を出せず、孤独の中で耐えている人に、言葉よりも姿勢で寄り添いたい。難病になっても、車椅子になっても、病気の進行と向き合いながら、それでも壁を登り続ける「その姿そのもの」で。
「苦しくても、まだ終わりじゃない」
「人は何度でも、自分の手で未来を作り直せる」
そんなメッセージを、僕という存在で届けたい。いつか誰かがこう言ってくれたらいい。
「あなたを見て、もう一度生きようと思えました」
その言葉を聞くために、僕は今日も生きて、登っている。僕が残したいのは「長く生きた証」ではない。生き方で、誰かの人生を変えた証だ。
