
ゆうべも何だかんだ騒いでたけど、今朝のシエさん調子良さそう

でも朝ご飯で、おかゆの時にげっぷがいつもより酷かった

ちょっとネバネバしちゃってたからかな~?
ご飯食べ終え、お昼ののど自慢までしばしお休みです☆
日曜日は、のど自慢→新婚さんいらっしゃい→アタック25の流れなんです。
でも、もはや新婚さん…とアタックは訳が分からず観てるって感じになってきてるけどね。
今日は氷川きよしくんのDVDを久しぶりのをチョイス!
さて、私はセイムスに買い物行ってきます







しかもゴマとか入ってない、白せんべいというものです




私は毎日毎日病院に行っていたため、看護師さん達にも名前と顔を覚えられ
また、看護師さん達が私と同年代くらいだったので、ちょっとしたことを話すのが息抜きとなって
すごく支えになってくれていたなぁと今思えば感じます。
しかし、やはり臥床が長引いているために出来てしまった仙骨部と踵部の褥創を見て
すごくすごく悔しかったです。
「何で、予測出来てることなのに防げないの?!」
除圧も全くしていない状態だったので、バスタオルを使い私がしました。
そうすると、次の日からちゃんと除圧してくれてあり、「最初からやってくれてれば褥創出来なかったかも
しれないのに!!」ってムカついたのを覚えています。
そしてこの頃、結婚を約束していた彼と別れました。
この時期の私の精神状態はかなり病んでいて・・・
治療の先が見えない、私には何もできない
どんどん弱っていくシエさんを見続け、精神的に参っていました。
急に泣き出す私や元気が無い私を目の前に、どう励まし、支えていいものか
きっと不器用な人だったから分からなかったんだと思います。
私もぶつかり、へとへとになり、彼もきっと俺と一緒にいたんじゃ幸せになれないと思ったんだと
思います。単に面倒くさいと思ったかもしれません。
しだいに連絡を取らなくなり、自然消滅しました。
結婚の約束までして、年内中には入籍する予定だった人と、自然消滅って・・・
今思うとどんな薄っぺらい関係だったのでしょう。
そんな日々を過ごしつつ、ようやくシエさんにオペの許可がおりました!!
「微熱が続いていますが・・・もうやっちゃいましょう!!」のドクターの声に
私とシエさんは手を取り合って喜びました。
もう・・・この日をどんなに待ち望んでいたか!!こんなに長い毎日を送ってきたのって今まで無かった。
本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。ありがとう!!!
骨折してから3ヶ月が経ち、ようやくたどりついたオペでした。
オペの当日、私はどうしても仕事を休むことが出来ず、父だけが待合室で待つことになりました。
正直、シエさんが白内障のオペの時でさえ涙ぐんでしまったくらいなので
待合室でオペが終わるのを待つ勇気が無かった。怖くて怖くてしょうがなかった。
本当はシエさんのほうがもっともっと怖いのにね。
開始から3、4時間経ち、「無事終わったよ」と父から電話がありました。
体の力が抜けました。脱力状態でした。
その日の仕事を終わらせて、急ぎ足で病院へ向かいました。