さて日曜日の夜はなかなか眠れず、朝はやっとの思いで7時半に起き、娘を学校に連れて行った後、そのままOfficeに向かいました。

今日中にやらねばならない書類のフォロー、それから12月に的をしぼっている何人かのプロスペクトの方たちへのメール、なんだかんだとあっという間に午後の一時半を回ってしまいました。あわてて、猫のえさとアジア系のスーパーでの買い物を済ませ、もう娘を迎えに行く時間。この時点で'病み上がり'の私としてはへとへとまったく練習もしていなかったので泣く泣くピアノのレッスンをキャンセル。

昼はバナナひとつで済ませていたので娘の宿題を見ながら、韓国風太巻きをいくつか食べました。休み明けとは思えないほど、娘は自分でほとんど宿題を済ませ、割り算の小数点ですこし間違を直したものの、正直感心しました。ですから見たといっても隣でまっている時間が長かったのですね。でしばらく開いていなかった'地上最強の商人’をIpadで開いて、巻物第二巻を読んだ後、ちょっと気になって最後をチェックしたのです。で、実はこの本とても原始キリスト教てきな信仰のもとずいた本なのだということが分かってしまいました。

私は中学高校とカソリックの女子高に言っていたので、一時はキリスト教に改宗しようかと考えたことがあります。ただ私の場合宗教について考える時哲学的な内省にかかわってきてしまうので、かなり昔にひとつの宗教を選ぶと言う選択は放棄しました。でもその割りにいつも一神教へのあこがれと、一神教とはことなる宗教観への納得の間で分裂しています。ですから一神教的世界観のなかで安定している方から見るとものすごくいい加減に見えるかもしれません。

ただ逆に納得してしまう宗教者は心から尊敬します。カソリックで一番東洋的な聖人、聖フランシスコなんてほんとうに大好きです。(そういえば、60年代にBrother Sun Sister moonという映画がありました。とてもすがすがしい映画でしたっけ。)で、この'地上最大の商人'と言う本の最終的な意味が福音であることが今日分かったわけです。

以前に日本人のキリスト者のセールス成功自伝を読んだ時はものすごく嫌だったのですが、この本には不思議なぐらいその手の反発を感じません。

まだ45週のプログラムの準備期間中ですが、いまならこの10巻の巻物として提示されているものが、実は祈りであったことがはっきりしました。ただすべてYouではなくI.

普通祈りは神への約束に基づいてますが、この10巻はすべて自分との約束です。でも目指すものはまったく同じではないかと思います。で、私が感じているものは反発ではなく解放です。私はこんなにも祈りたかったのかと自分で不思議です。

これがShouldではなく、Wantであるゆえんなのです。まだ身体が弱ってますのでまた明日に続けます。