📩◾️『石原吉郎詩文集』(石原吉郎/講談社文芸文庫)[き]
▪️「棒をのんだ話」Vot tak! ( そんなことだと思った ) 1️⃣
▪️実に奇妙なお話しである。
その男は毎朝必ず6時に僕のところにやってきて、僕に棒を飲ませる。それはある朝突然に始まった。この世の中で、突然でなくて、なにが一体起るだろうか。
棒は長さ1メートルほどのしっかりしたやつで、ところどころに瘤まであるものだ。
さて、一体人間に棒をのますというようなことが出来るのかという当然起りうる疑問に対しては、沈黙を守るしかない。なぜなら、それはすでに起ったことであり、現に今も起りつつあることだからだ。
だが、次のやっかいな疑問、つまり、なんの理由で棒なぞをのませなければならないか、(なぜ僕は棒をのまなければならないか)については、かつて人間が納得したためしがない。
まず考えられるのは、刑罰または教訓の意味で、僕に棒をのませるということだ。僕には刑罰を受けなければならない理由がまったく分からない。
次に考えられるのは、治療ということだが、現在の僕はほとんど完全に近い健康状態にある。
彼は夕方6時になると、また正確に姿をあらわして、朝押しこんでおいたままの棒を抜き取りにやってくる。
《僕は思いがけない事実に気がついた。つまり、人間の喉と肛門とははしなくも同一の器官の両端を形成しているということである。そうすると、僕が毎日押しこまれる問題の棒は、当然その一端が僕の喉に接し、他の一端が肛門に接していることになる。一体あの棒に上下の区別があるのだろうか。どうしてもこれだけははっきりさせておかなければならないと固く決心したのだ。次の朝、〔---------〕尋ねた。
「一体その棒に上と下の区別があるのかね。」
彼は棒を持ちあげた手をそのままにして、何というくだらないことを聞く奴だという顔で僕を見た。
「区別があったらどうするのかね。」
「もし区別があるのなら、ちゃんとその区別を守ってほしいし、区別がなかったら、今からしっかり区別をつけてもらいたいのさ。」
「区別をつけることが、そんなに大事なことかね。」
彼は「そんなに」というところに妙に意地の悪いアクセントをつけて言った。》
*こんなふうに、普通では考えられない異常な事態が、事柄の細部の具体的な感覚を伴って語られてゆく。
さて、僕はどうなるか?
(この項続く)🌲
🚢▪️【Thanks for reading.】🦜