鈴木あきひろ 一言日記
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

不登校対策は地域の力で

少子高齢化が進む中、地域では担い手不足が深刻化し、地域コミュニティの維持にも大きな影響が及んでいます。

その一方で、小・中学生の不登校も増加しています。

東京都では、不登校児童・生徒数が小学生13,275人、中学生18,451人、合計31,726人に達しており、高い水準で推移しています。また16歳以上のひきこもりについても増加傾向が続いています。

東京都はこれまで、無理な登校を求めるのではなく、多様な学びの場を提供する取り組みを進めてきました。私自身も、東京都eスポーツ連盟の協力で立ち上げられたフリースクールを視察したことがあります。そこではゲームを通じて仲間とつながり、孤立を防ぎながら前向きに歩みだそうとする子どもたちの姿がありました。

子どもたちにとって大切なのは、自分を受け止めてくれる社会の包容力と、ともに歩んでくれる仲間の存在です。しかしそれと同時に、まず家庭の包容力を高めていくことが重要ではないでしょうか。

近年、不登校の子どもを持つ父親同士が悩みや経験を共有する「親父の会」が全国に広がっています。また小中学校の様々な行事や活動においても、PTAや親の会など保護者の力は欠かせません。

これからは、親父の会や親の会、PTAなどが地域で連携し、専門家や関係機関とも協力しながら、多様なニーズに応えられる相談・交流の場を整備していくことが求められます。

少子化と人口減少が進むこれからの日本において、不登校対策は待ったなしの課題です。そして不登校への適切な支援は、将来の引きこもり予防にもつながります。

子どもたちが孤立することなく、それぞれの素晴らしい個性や可能性を伸ばせる社会を実現するため、家庭、学校、地域が力を合わせ、誰もが安心して参加できる地域の居場所づくりを積極的に進めていかねばならないと考えています。

子どもたちが夢と希望の持てる東京の未来づくりに、これからも取り組んでまいります。

私道の袋小路における特区民泊について考える

先日地域の方から、「私道の一番奥にある住宅が売却され、突然特区民泊として営業されることになった」とのご相談を頂きました。

事業者による説明は開催されたものの、突然のチラシによる告知であり、配布エリアが狭いことから、当日の参加者は少なく、事業者側の説明者は管理会社の社員のみで、住民からの質問に十分な回答ができない状況だったとのことです。

「宿泊者を、深夜どのように施設へ誘導するのか」

「親会社や運営会社の実績はどうなのか」

「緊急時の対応体制は、どのように保証されているのか」

など、こうした当然の疑問に対し、明確な回答が得られなかったことに、多くの住民が不安を抱いており、次回の説明会に向けて、住民の方々の意見集約が行われております。

特に問題なのは、当該施設が公道に面しておらず、私道の袋小路の最奥部に位置していることです。民泊となれば、毎日のように利用者が入れ替わり、外国人旅行者を含む不特定多数の人々が出入りすることになります。私道は本来、周辺住民の日常生活のために利用される空間です。そこに宿泊施設が設けられることで、深夜・早朝のスーツケース走行音、道路上での立ち話や喫煙、火災延焼への懸念、ごみ出しルールの不徹底、防犯面への不安、子どもの通学時の安全確認など、生活環境への影響が心配されます。

このような私道内での宿泊施設営業について、現在の特区民泊制度では、一定の法的要件を満たせば住民の同意は必須ではありません。

住宅専用地域は、住民が安全で安心して生活ができる環境を守るために都市計画上定められた地域です。静穏な居住環境を維持し、子育てや高齢者の日常生活を支えることが本来の目的であります。

民法上も土地や建物の利用については、所有権や営業の自由が無制限に認められるわけではなく、周辺住民の生活利益や居住環境との調和を求められています。これまでの判例においても、良好な住環境や日照、静穏な生活環境などの「生活利益」は法的保護に値する利益として認められています。

私は住宅専用地域においては、事業者の営業上の利益よりも、そこで長年暮らして来られた住民の平穏な生活環境が優先されるべきであると考えます。

たとえ行政が制度上の基準を満たしたとして許可を与えたとしても、それだけで地域住民の不安や懸念が解消されるわけではありません。

特に私道の袋小路のように、住民の日常生活空間と宿泊施設利用者の動線が完全に重なる場合では、住民の理解と合意形成は極めて重要と考えます。

住宅専用地域は事業活動の場として存在するのではなく、住民の生活の場として存在しているという、住民の権利と住環境の保全を第一に考えるべきであり、一日も早く現行制度を見直すべきです。

また行政は「許可したから終わり」ではなく、住民の居住環境を守るという本来の責務を果たすためにも、許可後の履行確認など住民視点に立った事業運営を徹底していただきたいと考えます。

沖縄慰霊の日に寄せて

今年も6月23日、沖縄慰霊の日を迎えました。

81年前のこの日、住民を巻き込んだ壮絶な地上戦が続いた沖縄において、日本軍の組織的戦闘が終結しました。沖縄戦は軍人だけでなく、多くの住民が戦渦に巻き込まれ、尊い命を失いました。家族を失い、故郷を失い、未来を奪われた方々の苦しみを思うとき、戦争の悲惨さと、平和の尊さを改めて胸に刻まずにはいられません。

沖縄戦をはじめ先の大戦で犠牲となられましたすべての方々に対し、心より哀悼の誠を捧げます。

沖縄戦の悲劇は、沖縄本島だけにとどまりませんでした。

1945年沖縄での戦況悪化に伴い、八重山地域でも米軍上陸への危機感が高まりました。石垣島からは住民を台湾へ疎開させるため、二隻の疎開船が出航しましたが、途中で米軍機に発見され、攻撃を受け撃沈されました。

多くの方々が海に投げ出され命を落とす中、一部の人々は尖閣諸島の魚釣島へ漂着しました。しかし戦時下の孤立した無人島には十分な食糧も救援もなく、救助の手が差し伸べられることはありませんでした。生き延びた人々も、飢えと渇きの中で次々と力尽き、餓死するという痛ましい最期を迎えました。

この「戦時遭難船と魚釣島遭難者の悲劇」はあまり知られていませんが、沖縄戦がもたらした悲惨な歴史の一頁です。現在も石垣市では慰霊祭が執り行われ、犠牲となった方々の御霊を慰めるとともに、この悲劇を後世へ語り継いでおります。私も過日、石垣市へ慰霊にお伺いさせていただきました。

魚釣島は単なる無人島ではありません。戦争によって命を落とした方々の歴史と慰霊の地でもあります。

その魚釣島では、2012年に中国人活動家が不法上陸する事件が発生しました。当時の民主党野田政権は、上陸した活動家らを逮捕起訴することもなく、数時間中国の国旗を掲げさせたまま、翌日石垣空港からチャーター便で送還する対応を取りました。この対応については、「我が国固有の領土である尖閣諸島への不法上陸に対し、主権国家として毅然とした姿勢を示すべきであった」との批判が多くありました。

さらに、その後の尖閣諸島周辺海域では、中国海警局の船舶による領海侵入や示威行動が常態化し、日本の主権と安全保障に対する重大な課題となっています。

私たちは戦争の惨禍を二度と繰り返してはなりません。不戦の誓いは極めて重要です。

しかし同時に、先人たちが命を懸けて守り、今日まで繋いできた日本という国、国民の生活と財産、領土と主権をしっかりと守り抜く決意も忘れてはならないと思います。

平和は願いだけで守られものではありません。歴史を学び、先人への感謝を胸に刻み、国を守る責任を果たしてこそ、真の平和は次の世代へ受け継がれていきます。

沖縄慰霊の日にあたり、沖縄戦で亡くなられた方々、石垣島疎開船遭難者、そして魚釣島で亡くなられた方々の御霊に心から哀悼の意を表します。

そして、不戦の誓いとともに、先人たちが残してくださったこの国を守り抜く決意を新たにしたいと思います。

特区民泊・簡易宿泊施設の条例見直しに関するご意見についてのお答え

大田区において、特区民泊だけでなく簡易宿泊施設が増加している状況については、私も承知しております。簡易宿泊施設は、旅館業法に基づく許可を取得することで年間365日の営業が可能となり、ホテルと同様に1泊からの利用や当日予約、団体宿泊などにも対応できます。そのため訪日外国人旅行者の増加や宿泊需要の高まりを背景に、ホテル不足を補う宿泊施設として、大森、蒲田、糀谷、羽田地域を中心に開業が増えています。

また大田区には準工業地域が比較的多く、物件を確保しやすいことから、空き家や老朽化したアパートをゲストハウスやホテル、簡易宿泊施設へ転換する案件も増加しています。

事業者の間では、「民泊として運営するよりも、旅館業法の許可を取得し、正規の宿泊施設として運営する方が安定的である」との考え方が広がっています。

一方で、簡易宿泊施設は旅館業法に基づく許可施設であり、建築基準、消防基準、衛生基準、管理体制などについて厳格な要件が課せられています。また、用途地域による制限もあることから、一般的には特区民泊と比較して住民トラブルは少ないとされています。

しかしながら、特区民泊、簡易宿泊施設の双方が増加する中で、ごみ出しや騒音、生活マナーなどに関する地域住民からの相談や苦情は依然として発生しています。このため大田区では、令和8年4月から条例を改正し、事前説明会の義務化、苦情対応体制の強化、ごみ処理対策の充実などを進めています。

私は国際交流や観光振興そのものを否定するものではありません。しかし、不特定多数の外国人宿泊者が急激に増加することにより、地域コミュニティの安全・安心や住環境に影響が生じることについて、十分な配慮が必要であると考えております。

特に大田区が全国に先駆けて導入した特区民泊については、地域住民の理解や合意形成、管理体制のあり方などを改めて検証し、必要な見直しを行うべき時期に来ていると考えております。

今後も地域の皆さまの声に耳を傾けながら、住環境の保全と地域コミュニティの維持に向けて取り組んでまいります。

沖縄慰霊の日に寄せて

今年も6月23日、沖縄慰霊の日を迎えました。

81年前のこの日、住民を巻き込んだ壮絶な地上戦が続いた沖縄において、日本軍の組織的戦闘が終結しました。沖縄戦は軍人だけでなく、多くの住民が戦渦に巻き込まれ、尊い命を失いました。家族を失い、故郷を失い、未来を奪われた方々の苦しみを思うとき、戦争の悲惨さと、平和の尊さを改めて胸に刻まずにはいられません。

沖縄戦をはじめ先の大戦で犠牲となられましたすべての方々に対し、心より哀悼の誠を捧げます。

沖縄戦の悲劇は、沖縄本島だけにとどまりませんでした。

1945年沖縄での戦況悪化に伴い、八重山地域でも米軍上陸への危機感が高まりました。石垣島からは住民を台湾へ疎開させるため、二隻の疎開船が出航しましたが、途中で米軍機に発見され、攻撃を受け撃沈されました。

多くの方々が海に投げ出され命を落とす中、一部の人々は尖閣諸島の魚釣島へ漂着しました。しかし戦時下の孤立した無人島には十分な食糧も救援もなく、救助の手が差し伸べられることはありませんでした。生き延びた人々も、飢えと渇きの中で次々と力尽き、餓死するという痛ましい最期を迎えました。

この「戦時遭難船と魚釣島遭難者の悲劇」はあまり知られていませんが、沖縄戦がもたらした悲惨な歴史の一頁です。現在も石垣市では慰霊祭が執り行われ、犠牲となった方々の御霊を慰めるとともに、この悲劇を後世へ語り継いでおります。私も過日、石垣市へ慰霊にお伺いさせていただきました。

魚釣島は単なる無人島ではありません。戦争によって命を落とした方々の歴史と慰霊の地でもあります。

その魚釣島では、2012年に中国人活動家が不法上陸する事件が発生しました。当時の民主党野田政権は、上陸した活動家らを逮捕起訴することもなく、数時間中国の国旗を掲げさせたまま、翌日石垣空港からチャーター便で送還する対応を取りました。この対応については、「我が国固有の領土である尖閣諸島への不法上陸に対し、主権国家として毅然とした姿勢を示すべきであった」との批判が多くありました。

さらに、その後の尖閣諸島周辺海域では、中国海警局の船舶による領海侵入や示威行動が常態化し、日本の主権と安全保障に対する重大な課題となっています。

私たちは戦争の惨禍を二度と繰り返してはなりません。不戦の誓いは極めて重要です。

しかし同時に、先人たちが命を懸けて守り、今日まで繋いできた日本という国、国民の生活と財産、領土と主権をしっかりと守り抜く決意も忘れてはならないと思います。

平和は願いだけで守られものではありません。歴史を学び、先人への感謝を胸に刻み、国を守る責任を果たしてこそ、真の平和は次の世代へ受け継がれていきます。

沖縄慰霊の日にあたり、沖縄戦で亡くなられた方々、石垣島疎開船遭難者、そして魚釣島で亡くなられた方々の御霊に心から哀悼の意を表します。

そして、不戦の誓いとともに、先人たちが残してくださったこの国を守り抜く決意を新たにしたいと思います。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>