一度は見た事があると思う。
下の人は、あと一歩のところで諦めてしまったがゆえに
宝石(成功)を掴めなかったという話。
“絶対に成功できる法則”があるとすれば、
という有名な絵。
しかし
現実では、ほぼ必ず岩があるものだ。
こんな感じで…
どうだろう?
これでは先に進みたくても進めない。
このまま少しずつ岩を削るか、違う方向を掘ってみるか。
いったん引き返して、もっと強力な道具。例えば爆薬でも用意するか…
もし、爆薬を使うとなれば
専門業者に依頼するか、自分で資格を取る必要がある。
宝石を掴むために穴掘りに時間をかけていたが
今度は爆薬に時間とお金を費やす事になる。
岩に当たった
2009年12月。
この時21歳だった僕は、まさにそんな感じだった。
宝石を掴むために、いったん宝石探しを辞めるように
音楽で成功するために、いったん音楽を辞めたのだ。
しかし、それは諦めたわけではない。
あくまで、一旦という選択だ!!
20歳からネットワークビジネス(以下NB)を始め、バンドと両立しながら1年が経ち
どちらも軌道に乗り、どちらの成功者にも会い、自分の10年後をイメージした。
(前回のブログ→ガラケー売って飯が食えるか)
16歳からまともに遊ばす
夢のためにどんな苦行も耐え抜いて、
音楽は”主たる柱”だった。
それが無くなる事は、一緒に過ごした愛犬が他界してしまった時のようなモノかもしれない。
どうやって生きれば良いのかさえ分からなくなるし、しばらく犬は見たくないと思う。
この時僕は、しばらく音を聞きたくないと思った。
色々思い出して辛くなる上に、切り替えて頑張ろうとしている自分を足止めしてくる。
実際に
iPhoneやパソコンには大量の曲が入っていたが一切聴く事を辞めた。
それでも、どうしても耳に入ってくる店内BGM。
「有線のチャンネル、変えてもらえませんか?」と
店員さんに言うくらい、音楽を切り離した。
音楽を聴けない状態は約1年続き、ベースは約5年間、一切弾かなかった。
この話をするとたまに
「そんなに音楽が好きなら趣味程度でも弾けばいいのに」と言われることがあるが
愛犬が他界したあとの友人に
「そんなに好きならたまに犬と触れ合える場所に行けばいいのに」
と言っているようなものだ。
その相手が納得するように議論するのもめんどくさい。
「確かにそうやな…」
これがお決まりの返事だった。
最悪のタイミング
バンドを脱退した時に言われた。
2009年の1年間、毎月関東に通った甲斐あって
ようやく信頼できるレーベルに出会い、契約を結ぶ寸前だった。
逆に、僕は今が最高のタイミングだと思った。
このまま契約を結べば
ミュージックビデオの撮影や、新しいCDのレコーディング、業界各社への挨拶回り、レコ初全国ツアーなど
1年間の計画と、その費用の援助をして貰える内容だった。
多額のお金を出資してもらい、プロモーションしてもらい
その途中で脱退する方が最悪だ。
まだ始まっていない今、バンドが売れる前こそベストだ!
自己中心的な解釈だという自負もあるが
バンドはすぐに新しいベースを探しだし、新体制をつくって内容通りの契約を交わした。
当初の計画より少し延期にはなったそうだが
レーベル倒産から、セルフプロデュースの苦しい期間を助け合い
ようやく、自分のバンドが良いレーベルに出会ったわけで
それは僕にとって嬉しい知らせだった。
これまでの音楽のエネルギーをすべてNBに注いだ。
決断と決意は違う。
文字通り、”決めて断つ”わけで
この断つというのが、難しい。
この時は、まず音楽活動で出来たローンや借金が150万円ほどあったので
その返済のために、5持っていたベースを4本売り、1本だけ残した。
機材を売り、楽器ケースや楽譜や、CD、DVD、服、漫画、家電など
売れるものは全て売っ
次は、家賃1.2万円の賃貸に引っ越した。
物が無くなれば、3畳1Rでも暮らせたし
NBで奔走していれば、家なんて寝るだけの場所。
築年数も経っていて、だいぶ古い家に住む事は嫌だが
それを拒んで成功出来ない方が嫌だ。
NBでもし月収100万円を稼ぐなら、それ相応の代価が必要である。
ラクに稼ごうなんて気は一切なく、死に物狂いで活動し
自分から勧誘した人数は覚えていないが100人は余裕で超えていた。
自分の電話帳はもちろん、交流会に参加したり
路上で声をかけて人脈をつくり、勧誘する。
こうする事で「あなたが興味なくても、他で興味持つ人はたくさん居るから、お好きにどうぞ」というスタンスで勧誘していった。
そのほとんどが断られる。ときに嫌われる。
たまに罵声を浴びせられ、ネットやコミュニティでは有ること無いこと悪人っぽい噂をされる。
信用を失うとかよく聞くが、失ったならそれで良いし、嫌いになったなら嫌えばいいと思っている。
どんなに人格否定をされても、なにを言われても動じないメンタルはここで鍛えられた。
いまやTwitterやYouTubeなど、ネット上で有名になる道のりには必ずアンチが寄ってくるし
みんな多かれ少なかれ信用を失ったり、嫌われたりしながら有名になっていく。
NBを活動してから最高月収は74万円。100万円には届かなかった。
5年間はアッと言う間に過ぎ、26歳になったとき
僕はNBに限界を感じたのだった…




