阿東町生雲の畑ヶ谷の千人塚は、弘治2年(1556)、吉見正頼と陶晴賢が吉部地方で激戦の際、その戦死者を葬ったところといわれている。

 

教育委員会が立てた標柱があります。

奥に続く道をたどると塚があります。

大内氏と吉見氏で激しい戦があったんですね。

 

 

(2024.04.28 撮影)