6月から9月にかけてのインドシナ半島の多雨について
 
1.降水の状況
インドシナ半島では、夏のモンスーンによる雨季にあたる6月から9月にか
けて、平年より雨の多い状況が続き、チャオプラヤ川やメコン川の流域では洪
水による大きな被害が報道されている。6月から9月までの4か月降水量は、
タイ北部のチェンマイで921mm(平年比134%)、タイの首都バンコクで1251mm
(同140%)、ラオスの首都ビエンチャンで1641mm(同144%)になるなど、イ
ンドシナ半島のほとんどの地点で平年の約1.2 倍から1.8 倍の多雨となった(図
1中央)。主な地点の月降水量の経過(図1)や毎月の降水量平年比の分布(図
2)に見られるように、この多雨をもたらした降雨は、上記の河川流域全体に、
雨季の期間を通して、平年よりも多く降り続いたというのが特徴である。
また、その後10 月上旬にも、チャオプラヤ川流域の広い範囲で100~200mm
程度の降水量が観測されており、多雨の状態が続いている。
 
2.夏のアジアモンスーンの活動について
6月から9月の4か月平均した対流活動(積雲活動)は、南アジアから東南
アジアにかけての北緯10 度から北緯20 度の帯状の領域で平年より活発となっ
ており(図3)、インドシナ半島の6月から9月にかけての多雨は、平年よりも
活発な夏のアジアモンスーンによってもたらされたと考えられる。
図3外向き長波放射量(OLR)平年偏差の分布(単位W/m2)。OLR の値が小さい領域は、対流活動が
活発な場所を示しており、上図では寒色系で表されている。平年値は1981~2010 年の平均。
 
 
一言解説
OLRとは外向きの長波放射(Outgoing Longwave Radiation)の略で、地球表面から放射される赤外線強度のことである。地球表面とは、海上なら海面、陸上なら地表面、雲があれば雲頂となる。そして、この赤外放射は、放出する表面の温度と関係が深く、温度が低いところからの赤外放射強度は温度の高いところからのそれに比べて低くなる。よって、衛星である領域の赤外線強度を測定すれば、雲頂は地表面や海面に比べて温度が低いことから、赤外線強度によって雲の分布を知ることができる。
TBBは、相当黒体輝度温度(equivalent Black Body Temperature)のことである。OLRの解説で、赤外線強度は温度に関係していると述べたが、TBBは赤外線強度を温度に換算したものである。つまり、OLRが高(低)いところはTBBも高(低)い関係にある。OLRの単位は「W/m2」、TBBは「K」である。

詳解
地球上での降水活動、対流活動はどうなっているのか。世界各地の観測点(地上、海上を含む)では、その全体像を把握するのは困難である。特に、観測点が粗である熱帯地域ではなおさらである。そこで、気象衛星から得られる情報からどうにか得ることはできないかと考えられ、その過程で利用されるようになった物理量がOLRやTBBである。
まず、OLRとは地球表面からの放出される赤外線の強度のことであると先に述べたが、厳密には、光の波長によっては大気に吸収されるため、大気の影響を殆ど受けない窓領域(波長11~13μm)の波長の放射強度を指す。OLRを用いる際に注意すべきことは、「OLRが低い領域は雲の領域である」と言えるのは、海面や地表面温度の高い熱帯からせいぜい中緯度(温帯)までということである。それより高緯度では、地表面温度と雲頂の温度差が明瞭でないため、OLRの値にも顕著な差は現れず、雲の有無を判断することは難しい。また、低緯度においても、OLRが低い領域で雨が降っているとは限らない。例えば、右の図のようにアンビルの大きく広がった積乱雲がある場合、OLRではアンビルに覆われた部分まで低い値となるが、実際地上に雨が降っているは、雲が厚く発達した狭い領域となる。OLRが低い=降水有りと考えるのは危険である。
次にTBBであるが、地球表面(海面、地表面、雲頂すべて)を黒体とみなし、赤外放射強度からその放射源(地球表面)の温度を算出したものである。OLRの説明で、赤外放射は表面の温度と関係が深いと述べたが、その表面を黒体と仮定すると放射強度は温度の4乗に比例するという関係式が成り立つ(右の図にも示した)。この関係式に基づき、OLRから放射源の温度を算出したのがTBBである。

 図2は、南北緯30°以内の熱帯・亜熱帯地域におけるOLRの年平均分布である。この図より、OLRの低い緑色の領域がインドネシア周辺を中心とした赤道西部太平洋域、アマゾン川上中流域、アフリカ大陸西部赤道付近に広がっている。また、赤道西部太平洋域からパナマにかけて太平洋を横切って帯状にOLRの低い領域が見られる。そして、これらの地域は赤道収束帯にあたり対流活動が活発で、積乱雲が頻繁に発生する地域であることがわかる。このことから、OLRの低い領域が実際に対流活動の活発な地域とほぼ一致しているといえる。