2024-07-07

 国東六郷満巡礼。

 最初は文殊仙寺。13年前にお参りしましたが階段が300段以上あったんですね。当時は若かったので気にならなかったちょっとしんどかったです。

 境内を散策します。この日は周防灘に浮かぶ島々が見えましたよ😊 「三人寄れば文殊の知恵」の発祥のお寺といわれていますよ😊

 

 

 

 

 岩戸寺 国東最大の国指定重要文化財の国東塔があります。石造りの金剛力士立像(仁王さま)。御本尊は薬師如来。時間があれば講堂、薬師堂、六所権現社と🙏するのがいいですよ。

 

 

 

2024-06-11

 

 豊田湖に「伊藤田の六地蔵」という案内板がありました。

「とよた田園空間博物館※」のひとつです。今ではダム建設でダム湖になっていますが、かつて堂ヶ岳への参拝道であった道の入口に農家の人々や地域住民が、道中や農村の安全、五穀豊穣などを祈願して建立されました。今でも大切にされているようです。


※町全体が博物館の空間になぞらえ、それぞれの場所や物を展示物になぞらえたもの。 

 

 

 

2024-06-11

 

 旧豊田町地吉の小高い山は安徳天皇御陵墓という伝説がある。久しぶりに訪れたら周囲にロープが張られて立ち入り禁止になっていました😲

 

 

 

 

三隅で網に掛かった遺体を網ごと運んでいたところ篭が重くなりその地に御陵を築いて葬ったという。

 

御陵並に御篭建場由来碑
寿永四年三月二十四日、壇ノ浦の海戦あり 午刻平氏敗頽安徳帝二位禅尼御抱きて入水 源氏方百万捜索せるも発見せられず 因って沿岸浦人を召して捜索中沢江浦人の網に御尊骸掛りたれども神剣なし 義経心あらずや網の侭御棺に移して潜幸紀民部大輔光季守護し奉り沿道を猿山庄司に命じ義経御奉送のため野陣を今の法ケ原に進出 豊浦大津の郡境にて御棺微に動かず 因って南方奇しき地形の小丘此処に埋葬し奉る 御棺の動かずなりし所を後人御篭建場と称す 

網掛森 烏賊ケ渕由来
御尊骸と共に送りし網の穢れを渕にて洗ひし時 いか二尾渕の深みに生きかえり、宝歴年中まで御祭事当日姿を見せしと伝ふ 網は田圃中の小森にかけ之が後世網掛森、渕はいかが渕と云ふ

御衣洗池の跡由来
御尊骸の御衣の穢れを此の池水で洗ひ清めしと伝ふ

 

 

 

二つの石標があります

「網掛之森 西方一八〇米 烏賊ヶ淵 西方二五〇米」

 

遺体が包まれていたその網を山間の川の淵で洗ったところ、網に付いていたイカが2匹生き返ったという。イカは宝歴年間( 1751年から1764年 )まで生きていた😲網を洗った淵を<烏賊ヶ淵>、網をかけた森を<網掛之森>と呼ぶようです。今ではいずれも昭和30年のダム建設により豊田湖に沈んでいます。

 

 

近くには「天皇様」というバス停までありますよ。

 

豊田湖はシカの楽園になっています😊

 

 このように平家伝説が残る地域ですが木屋川ダムを10mかさ上げするようですね。阿武川ダムに沈んだ川上地区、木屋川ダムに沈んだ地吉地区、川上ダムに沈んだ川上地区・・・ダム建設で平家伝説の地がなくなるのは偶然なのか?