エアスピネルを見ていまして。
十分に可能性があった内容からして、例年ならあわよくばを演じられるレベルの馬。
ダービーの敗因の大半は距離適性に求められるが、もしも『メンバーがもう少し弱く、同世代とのダービーでなら、2400メートルを誤魔化せたかもしれない』として話をする。
そういう世代にエアスピネルが生まれ、ダービーを負けたとしよう。
すると、たぶんこう言う。
『微妙に距離が長いが、やはり今の日本競馬は差せないなら勝てない』と。
今年の“史上最高のダービー”で、今の日本の姿を100%さらけ出したと思う。
キレない馬が、非ディープが、本当に勝てない。
そういう限定的な競馬にかなり足を突っ込んでいる。
エアスピネルがこの世代にいるから、『世代が悪かった。距離が長かった』になる。
もっと標準的な世代に生まれていても、皐月賞は勝てるがダービーは負ける。
そういうパターンがあった時、初めて本質を言うだろう。
『差し馬じゃないと勝てない』と。
こうした見解が、距離適性の話より先にくるはずだ。
エアスピネル自身もレベルが高いこと、加えて周りが高いことで、ちょっと日本競馬の姿を誤魔化したダービーだった。