P.I.チャイコフスキーが作曲した序曲「ロミオとジュリエット」は、劇的な表現を自然な流れの中に作り出し、瞬時に聴き手の感性に響く傑作であると思う。

 

全体の中で印象に残るもののひとつとして、主部の第一主題がトゥッティで再現される前の接続節がある。弦楽器群のうねりの中で管打楽器が執拗に打撃音を鳴らし続ける。不規則であるかのように聴かれるそのリズムは決闘の中で剣が打ち鳴らされる場面を連勝させる。

 

複雑であるように感じるが、慣れると感覚に入ってくるこのリズムパターンを、演奏の理解に役立てようと分析してみたところ、ひとつのリズムモチーフがあることに気づいた。

 

143小節からのリズムパターンを分析すると、譜例のように6拍でサイクルとなる3つの似たリズムモチーフが現れる。それらをa、b、c、としておく。

 

 

モチーフは最初の4拍が全く同じ様相をしている。このリズムパターン自体が個性的であり、この部分の性質に貢献していると感じられる。

 

各パターンの終わりの2拍はそれぞれ異なり、a)提示、b)変奏、c)終止を表現していると感じられる。この6拍モチーフの連続を4拍子の中に放り込んで、緊張感を高めている。

 

この仕組みが判れば演奏にも役立つと思われるが、さらに楽曲の他の旋律や場面にも影響があると考えられる。

 

この曲のまさに最後の部分は聴き手にはそれとは判り難いが、譜面の様相をみた者は、リズムモチーフの匂いを嗅ぎつけることはできるだろう。

 

更に主部の始まりに決闘の始まりを感じさせる第一主題が現れる。この主題をリズムモチーフと並置して譜例に載せてみた。リズムに特徴のあるこのテーマの主要なアクセントが生じる箇所が、リズムモチーフと一致していることに気づくと思う。また、この主題に現れる16分音符のリズムは、やはり最後の部分のリズムの最初に位置付けられている。

 

そして、第一主題と明確に対比されてヴィオラとイングリッシュホルンで提示される、ロミオとジュリエットの邂逅を見事に表現している第2主題も、リズムモチーフと並置するとスラーの始まりがa)と一致する。

 

リズムモチーフの概念はストラヴィンスキーの「春の祭典」がわかりやすい例ではあるが、ベートーヴェンの交響曲第5番のモチーフの「同音を3回」は「同じフレーズを3回」に敷衍されているように、リズムモチーフの他方向への派生は作曲家の頭脳の中で行われているのではないだろうか。