結論。
この映画はですね、ミリタリー・アクションじゃありません。「戦争放棄」「専守防衛」を(その良し悪しはひとまず置いといて)前提とした中で厳しい選択を迫られる自衛官、および政治家面々の、時に息が詰まるような人間ドラマです。
その意味で「まあ、良かった」と思います。
ええ、観に行ってしまったんですよ。夫婦で。レイトショー。
(映画館で購入のパンフレット)
ちなみにワタクシ、映画は、
①劇場で観たい
②レンタル始まったらすぐに(つまり新作扱い)でも観たい
③レンタル準新作になるまで待ってから観てあげる
④レンタル旧作でなら観てやってもいい
⑤何があっても観ない
みたいなランク付しているんですが、『空母いぶき』に関しては、ぶっちゃけ③くらいでした。
それが、例の佐藤浩市さんの件で④へと沈没しかけて、そこからネット空間での悪評ぶりを見聞きするうち逆に②に浮上しまして。
じゃ、この際とばかりに、近頃西島秀俊氏にハマっていると覚しきウチの奥様を誘ってみたら、これがまた案外二つ返事だったという・・・そこで目出度く①となりました。
で、鑑賞後の感想は冒頭のとおり「まあ、良かった」でございます。
巷では、リアリティが無いとか、CGに頼り過ぎとか、防衛省が協力してないとか、色々意味不明とか、まあ、とにかく様々な筋からいろんな批判が出てて、映画サイトのレビューなんかもあまり良くないみたいですが、いやいや、皆さん、もちっと映画そのものをひとつの作品として素直に観ましょうよ、と言ってあげたいですね。
原作(および、かわぐちかいじ)愛のあまり、「疲労と絶望、そして怒り―」とまで書いてしまう人もいて、ちょっと、どうしたもんかなあと思います。
そりゃね、大人の事情を勘ぐることはいくらでもできるんだけれども、映画にも当のかわぐちかいじ氏が「監修」としてクレジットされてるわけでして。パンフレットには脚本担当の伊藤和典氏と対談も載ってますしね。
ちょっとだけ紹介すると・・・
伊藤:〜〜〜最初に僕が『いぶき』に食いついたのは、中国が尖閣に来ちゃうという、とても生々しい部分だったりしたわけですが、でもそれは、映画にする上ではNGだと。1回心が折れかけたんです。
かわぐち:あれもね、そう言われて結局いろいろと考えたんです。考え方が変わったのは2016年秋のアメリカ大統領選挙の時ですよ。トランプがまさかの大統領になって、そのちょっと前にヨーロッパではブレグジット騒ぎが起きてと、考えもしなかったことが続いた。今、世の中はこういうふうにどんどん変わっている、と。日本と中国だって、仲のいい時と悪い時を繰り返してきている、と。僕の漫画はもう走ってるからこのままでいいけど、映画は2時間少々の間で、もし中国と仲のいい時に公開されたりしたら、尖閣の話をしても嘘になると。で、恵谷くんが東亜連邦を考え出してくれたんだよね。
伊藤:架空の国?なんじゃそりゃ、と思っていましたけど・・・。実際やってみたら正しかったんです。「国交がない」というのが一つのミソで、大使館があると、そことのやりとりを外せない。2時間程度の映画にはとてもおさまらなかったと思います。
(「恵谷くん」=故人、恵谷治氏。軍事ジャーナリストで、かわぐち氏とは幼少の頃からの「盟友」。コミック連載に協力していたそうです)
・・・というわけで、そっち方面から批判するのは、違うような気がしますよ。
それと佐藤浩市さんなんですけど、アレはそうね、本人として首相役に乗り気でなかったのは確かにそうなんでしょうけど、終わってみればけっこう演れた感もあって、実はその照れ隠しなんじゃないかと、画面での彼の演技を観た今思います。
ストレスでお腹を云々という設定については、本編観ただけではまるで分からないし、それこそ映画宣伝としての、ちょっとした撮影こぼれ話くらいのつもりだったんじゃなかしら(もちろん、色々と不用意な発言であることに変わりはないですけれども)。
なので、(佐藤さん個人への批判はともかく)そこから映画自体の批判へと行くのもどうかなと思います。
ともあれ、そもそも原作コミックと映画は別モノ。そして、好き嫌いはひとそれぞれ。良かったと思う人もいれば、ツマラナイと感じる人もいる。それは当たり前のことで、褒めるのも腐すのも自由だけれども、せっかく観る(観た)んなら楽しめば良いのに、と余計なお世話ながら思います。
映画は終盤、人の善意とか良心とか、何なら可能性とか、そういったものを信じたい、みたいな方向に向かうわけだけれども(この辺りは企画の福井晴敏さんテイストなのかしら?)、ソコを捉えて「つまり反戦映画だ」とかレッテル貼っちゃうのは、いかにももったいないですよ。
まして、コミック『空母いぶき』ファンはコチラの人、映画『空母いぶき』を良く言う人はアッチの人、みたいな雰囲気があるとしたら、そりゃちょっと困ってしまいます。
どちらも、それぞれに良い、と言う人だっているわけですから。
ちなみにパンフレットには、主演の西島秀俊さんと福井氏の対談もありまして・・・
福井:〜〜〜映画が完成してみると、すごく不思議な映画ができあがったと思いました。敵機を撃墜する場面では、アメリカの戦争映画だったら喝采をあげますけど、逆にお通夜のようなムードになる。あんな戦争映画はないですよ。そして秋津は皆に向けて「この感覚を覚えておけ」と言う。今のほとんどの日本人は戦争経験はないけれども、戦争映画を観るモードってあるじゃないですか。そのモードで観た時の違和感が半端ではないと思うんです。でもリアルに考えてみていただいて、架空の戦争映画というフィクションの向こうにあるものではなく、この作品は、戦争経験のない日本人が戦争に巻き込まれたらどうなるかということをリアルに描いた最初の映画だと。その中で中庸に踏みとどまる努力が人間は非常に大事だし、智慧っていうのは本来そういうところに使われるべきではないかということを体現するキャラクターが秋津なんです。
西島:本当にそう思います。終盤の柿沼と捕虜とのシーンで敵兵にかける秋津の言葉、僕も、あそこに秋津の本心を見ていただきたいと願います。
(「終盤の柿沼と捕虜とのシーン」については、ネタバレにつき何も言えません。気になる方は、ご自分でご確認を)
・・・と締めくくられてます。
福井氏については、別の所に、こんな記事もありました。
──かわぐちかいじさんのご感想はお聞きになりましたか?
福井「漫画というのは終わらせちゃいけないもの」という言葉は印象に残っています。漫画とは、なるべく長く続いて出版社と雑誌を支えていかなければいけないもの。だから、話が上手くまとまりそうなポイントはどんな漫画にもありますけど、プロの漫画家は話が終わりそうになったらマズいと思うそうです。「実は漫画は一つのテーマについて語りきったり、答えを出すのにあまり適していないジャンルだけど、その一方で、映画は答えを出さないとダメなんだね」と仰っていました。原作から変更している点に関しては全面的に受け入れて頂いて、映画的な作品の捉え方に納得された様子でしたね。
公開前のインタビューですが、公開後の現在ある様々な批判への答えになってるところも多く、なかなか興味深いですよ。
※空母いぶき 福井晴敏(企画)スペシャルインタビュー
→https://v-storage.bnarts.jp/talk/interview/116260/
さて冒頭申し上げたとおり、映画では「戦争放棄」「専守防衛」という前提自体は問題にしてません。そこは観る人の感性に任せてるのでしょう。
なので、ここで一旦『空母いぶき』から発艦いたしまして・・・
ワタクシ自身は「そこを前提とする限り、自衛隊員は常に苦渋の選択を迫られ、本来考慮する必要のない危険にも晒される。それで良いのか?」と問われている気がしました。
戦争は相手のあることだし、こちらが放棄すると宣言するだけで無くせるなんて考えるほど、ワタクシ傲慢じゃありません。専守防衛を貫くためには、攻撃側と比較して圧倒的な防衛力(つまり武力)を持つ必要がありますよと言う程度には、謙虚なつもりです。
「みんな、なかよし。ケンカはしません」
家訓とかクラス目標とか、額装して飾っておく標語のようなものならば、そういう理想を書くのも良いでしょう。もちろん、小説や映画のメインテーマにしたって構わないんです。
けれど、憲法がそれで良いはずがない。何と言っても国の最高法規なんですから。
残念ながら、世の中からワカランチンやナラズモノがいなくなる、なんてことは、多分ないでしょうしね。
天空を見上げて理想を語る。
大地を見据えて現実を知る。
人はその両面でできているのだから、例えば誰かの、そのどちらか一方を切り取ってアッチだコッチだと決めつけるのは、そろそろ止めにしたら良いんじゃないかと思ったりもしてます。
ワタクシ自身、そのどちらでもあるし、どちらでもありませんから。
おっとっと、我ながら『空母いぶき』からエライところまで飛んできてしまいました。
ま、でも、「いぶき、良かった」と言う人はたいてい「考えさせられた」とも言ってるわけですし、せっかくなんで、皆さんも飛びましょう。
「憲法のハナシ」と言えば、こちら、ちょっと前にワタクシが書いたものです。
よろしければ跳んでみてください。えへへへ。
※角灯と砂時計 #274 それでも「護憲(改憲阻止)」ですか?
→https://blog.goo.ne.jp/kawai_yoshinori/e/3f5a01eaaf8c808e9bd3b86a5dd661ba
そうそう、ウチの奥様、鑑賞後の第一声は「(自衛隊員役は)皆似たような制服制帽で、有名どころの役者さん以外、一回テロップ付けてもらったくらいじゃ誰が誰だか分からない」でした。
ま、誰が誰だか分からないと話が見えなくなる、という映画でもないからダイジョウブなんですけどね。