2743号「転生輪廻に関する高度な質問への返事。人生は、一回きりではない!(2)」





砂辺光次郎

講義録2743

(2012/1/13)




ご訪問、心より感謝申し上げます。






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(昨日の続きです。)



今日は、質問に沿って、お答えいたします。


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1、



民族神は、ひとつの国や地域、民族を中心に、転生輪廻している、リーダー格の人です。



ただし、特定の地域や民族中心に、転生輪廻していますので、視野が限定されている場合があると思います。



その場合、人類とか、地球全体というところまで、視野が広くない可能性があります。




そのため、他の民族神と、戦ったりもします。



宗教戦争の背景には、こうした、視野の狭い民族神の影響もあると思います。



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世界には、インドヨガ界や、日本の仙人界といった霊界もあります。



浦島太郎が行った世界は、竜宮界です。こういう霊界もあります。


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2、



私たちが転生するとき、日本だけに転生する人もいれば、いろいろな世界に転生する人もいます。



たとえば、ひとつの例ですが、私の場合、ラテンの世界で楽しく生きた時もあると思いますし、アジアの仏教僧として転生していた可能性もあります。



また、西アフリカに生まれ、現地の音楽や踊りに関係していた可能性があります。



さらには、日本で教育者として転生していた可能性もあります。



私の場合、あちこちで、転生して、さまざまな経験を積んできたと思います。



自分の心の中に、いろいろな面があって、どれが本当の自分なのかわからないような人は、たいてい、「あちこちで転生してきた」可能性があります。



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3、



今日は、大事なことを言いますね。



それは、この世が本来の世界ではなくて、霊界が本来の世界なのだ、ということです。



この世というのは、まず、地球の生活がありますよね。



さらに、他の星に行けば、別の生物の世界がありますよね。



この世は、地球だけではなく、宇宙的広がりがあり、宇宙人もいっしょに生活しています。


しかし、霊界は、そうした宇宙を含む、広大な世界なのです。



宇宙も、霊界のほんの一部なのです。



そして、霊界が本来の世界であり、我々の世界や宇宙人の世界は、そうした霊界の中のほんの一部分なのです。



過去の宗教家は、ここまでは語っていませんでした。



(時代上の制約があり、仕方ありません。)



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我々は、本来、霊界の住人なのです。


この世が、特殊な世界なのです。


私たちは、今、この特殊な世界で、修行をしているのです。



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死ぬというのは、本来の世界に戻ることなのです。



私たちは、数十年したら、本来の世界に戻ります。



しかし、数百年したら、また、修行のために、この世に降りて来るでしょう。



ですから、死ぬというのは、この世で修行して、「魂の成長」という宝物を持って、みんなが待っている、本来の世界に戻ることなのです。



そのとき、修行が進んだ人は、上の次元の霊界に戻るでしょう。



修行に失敗して、悪いことをして反省が足りなかった人は、低い霊界に行くことになるでしょう。



これが、死ぬということの、本当の意味なのです。



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4、



この世は、きびしい修行の世界なのです。



この世に降りてくると、「生老病死(しょうろうびょうし)」という「苦しみ」があります。



このうち最初の「生(しょう)」というのは、「生まれるときの苦しみ」をあらわしています。



生きることの苦しみではありません。



生まれることの苦しみなのです。




生まれるのはすごく怖いのです。



霊界は楽なのですが、生まれるとき母を決めて、その母のおなかの中に、魂として入っていったとき、真っ暗闇の中に、十ヶ月居るわけです。



そして、これから先どうなるかわからないのですから、それは、すごく怖いし、苦しいのです。


これが、生老病死の「生(しょう)」の意味なのです。



これを仏陀は、つかんだのです。



(以上です。ご質問がありましたら、遠慮なくどうぞ。)