1436号「ビートたけしの成功論(3)」
砂辺光次郎
講義録1436号
(2008/11/13)
★次回以降の予定★
「ラテン系で行こう!」
「ドラッガーは何を言ったか」
「私は再びチャンスを与えられた」
「武闘派・列伝」
「岡本太郎の成功論」
「本田宗一郎の成功論」
「山岡鉄舟の成功論」
「鑑真和尚とピカソの成功論」
・・・・・などです。
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(ここから本文です。)
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1436号「ビートたけしの成功論(3)」
ビートたけしさんは、明治大学工学部に入学したが、建築や土木の道には進まず、浅草の演芸場でコントを始めた。
母親が心配して、その演芸場に足を運んだが、あまりのわびしさに悲しくなってしまったようだ。
しかし、タケシさんは、ここからはい上がっていった。
お笑い芸人として出発し、テレビの世界に食い込み、今までにない斬新なテレビ番組を構成して、高い視聴率を獲得していった。
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知人が、小学校の頃、タケシさんと同級生だったが、「全然目立たない子だった。」と言っていた。
おとなしくて、恥ずかしがり屋で、人の前に立つことなどせず、みんなから離れて、静かに座っていたそうだ。
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こんな感じの子は、クラスにたいてい一人か二人いるものだ。
しかし、タケシさんのような内向的なタイプの人は、外には何も表現しないけれど、内にはものすごいエネルギーを貯めている。
外見は静かだが、内側にはマグマのように激しい自己主張が煮えたぎっている。
ただ、それを外に出す方法や場所がないだけなのだ。
芸術系や内向的な子はそういうものだ。
だから、おとなしいからといって、「この子は何も考えてない。」と思ってはいけない。
煮えたぎるエネルギーと情熱と自己主張を持っている場合が多い。
こういう子は、表現する舞台があれば大放出を始める。
ビートたけしさんはそういう子だった。
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彼は、淺草の演芸場でその突破口をつかんだ。
そこからさらに続いて、お笑い、TVタレント、映画監督、そして、最近は絵画へと、エネルギーを放出し続けている。
この間、批判、避難、苦情などたくさんあったが、へこたれなかった。
バイク事故によって、タケシさんは「さらに神がかってきた」と言われている。
美輪明宏さんは、「タケシさんは、バイクの事故のあと、さらに魂が飛躍した。」と語っている。
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さてここで、我々が学ぶことは何か、ということだが、(いろいろあると思うが)、ひとつには、
「自分の人生を生きる。」
ということだと思う。
タケシさんの母親は教育ママで、工学部さえ出れば生きていけると考えていた。それでタケシさんを明大工学部に行かせた。
タケシさんがそのまま建築か土木の道に行ったら、「おとなしい目立たない人」で一生生きていくことになったかも知れない。
しかし、タケシさんは、そこから脱線した。
そして、「自分の人生を生きた」。
これで持っているチカラが俄然(がぜん)胎動(たいどう=動くこと)し始めた。
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いろいろ考えると、この「自分の人生を生きる」ということは、人生成功の大事なキーポイントであることがわかってきた。
もともと人間は、自分が思っている実力の百倍の実力を持っている。
しかし舞台がないから、それを発揮できないだけなのだ。やる気がないのではない。舞台がないだけなのだ。
お仕着せの人生を生きていたら、情熱もわかないし、エネルギーも出てこない。
それにちょっと他人に非難されただけで、簡単につぶされてしまう。
それでは何事も成せない。
だから意気揚々と生きたいと思うなら、自分の人生を生きることだ。
自分の持っている本来の実力を出したいと思うなら、自分の人生を生きることだ。
タケシさんの生き方は、それを我々に教えていると思う。