1352号「愛の世界を造るために生まれてきた」



 砂辺光次郎

 講義録1352号

 (2008/9/18)



 ★次回以降の予定★



 「女性から学んだ(2)」

 「孫子の兵法」

 「すべては与えられている」

 ・・・・・などです。



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  (ここから本文です。)





 1352号「愛の世界を造るために生まれてきた」





 夏目漱石の『草枕』を読んだ。



 夏目漱石は、人の世は住みにくい、と嘆いている。



 他人からの中傷もあり、人と人とのいさかいもあり、とかくこの世は住みにくい、と言っている。



 自分も漱石の言おうとしていることはよくわかる。



 自分も今までいろいろと人の世の過ごしにくさについて書いてきた。



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 人と人との関係については、究極は、闘うことではないとわかっている。



 問題の解決は、行き着くところは、自分だ。



 自分自身の心が問題なのだ。



 自分自身があふれる愛に満ちていれば、すべては解決するのだと思う。



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 小さい頃から、愛情とは何かを、たくさんの人から教わってきた。



 口で言われたわけではなく、その行為で、その生き方で教わってきた。



 母から教わり、幼稚園の先生から教わり、小学校一年のときの女の先生から教わり、親戚のお姉さんから教わった。



 そうしてようやくわかってきた。



 自分自身が圧倒的な愛の存在となって、笑顔と希望に満ちた明るさで、相手を包んでしまうこと、これがすべてを解決する道だと知った。



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 たとえば、西郷隆盛がそうだった。



 西郷隆盛は圧倒的な愛の人だった。



 村に流されれば、その村人をもろとも、圧倒的な愛で包んでしまった。



 西郷隆盛は、最後自害したが、それは、情に流された結果かも知れない。



 西郷隆盛については、西欧に行ってなかったので、世界的視野を持てなかった、という指摘もある。



 それもわかるが、人を簡単には批判したくない。



 それよりも人の優れたところを学びたい。



 西郷が、その時代を輝かす、偉大な愛の存在であったという事実は、自分の心を揺さぶる。



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 マザーテレサも圧倒的な愛の人であった。



 マザーテレサについても、「ああいう活動は本来政治の仕事だった。」という批判がある。それもわかる。



 ただマザーテレサは、その圧倒的な愛のゆえに、目の前の死に行く人々を見て、そのままにしておくことはできなかったのだと思う。



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 私は「他者との人間関係で苦しんでいる」とか、「傷ついた」とかという、そういうちっぽけな話を書いてきた。



 小さな話だった。



 社内でどうのこうのとか、そういうのも小さな話だった。



 答えは簡単だった。



 自分自身の問題なのだ。



 自分が圧倒的な愛の人になればいいだけなのだ。



 それを母から、幼稚園の先生から、小学校一年の時の女の先生から学んだのではなかったか?(自問自答する。)



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 二宮金次郎の自伝を読んだ。



 二宮金次郎は、行く村、行く村、どこでも「敵が来た」という感じで、最初大反対、大反発された。



 そんな中、村に到着する。



 すると、そんな大反対の人たちでも、ひとたび二宮金次郎に会うと、たちまちその人間的魅力にひかれてファンになってしまうという。



 二宮金次郎はそれほどの魅力のある人だった。



 その魅力の源泉は何か。



 それは、分け隔てのない愛だった。



 分け隔てのない愛、圧倒的な愛、それが二宮金次郎の魅力の源泉だった。



 二宮金次郎は、その大きな愛の力によって、関東一帯の八百以上の村を立て直すという、大事業を成し遂げることができた。



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 私たちは悩むために生まれてきたのではない。



 私たちは夢を実現するために生まれてきた。



 愛のチカラで、多くの人たちと、温かく、心でつながるために生まれてきた。



 小さいことで悩むために生まれてきたのではない。



 クヨクヨするために生まれてきたのではない。



 私たちは幸福になるために生まれてきた。



 喜びを分かち合うために生まれてきた。



 愛の世界を創るために生まれてきた。



 ならば小さいことはもういい。



 卒業してしまおう。