1166号「夏目漱石」


砂辺光次郎

講義録1166

(2008/6/3)


三浦雅士氏の夏目漱石論によると、漱石文学は、

「親に捨てられた思い」

が根底にあるという。

 そして、

「捨てられるなら、その前に自分から立ち去ってやる」

という気持ちがある、ということだ。

 それは捨てられることへの恐怖を感じることが怖いからだと思う。


 そう言われると、確かに「吾輩は猫である」、「坊ちゃん」から、晩年の作品まで、そのように読める。


 「それから」「心」「道草」は作品として最高の出来だと言われているが、それぞれの作品の結末を簡単に書いてみると・・・


 「それから」


は、代助が仕事をしなければいけないことになって、気が動転しているところで終わっている。


 「心」


は三角関係で友人を裏切った罪の意識がテーマだ。そのためずっと重苦しい生涯をすごし、最後に自殺してしまう。


 「道草」


は、夫が「困ったことというのはずっと続くんだよ」と言ったのに対して、妻のほうが乳飲み子のほうに向かって「分けが分からないことを言うわね」と言って終わる。


 全般的にトーンが暗い。

 文章がさっぱりしているから「どろどろ」までは行かないが、トーンが暗い。


 漱石は「母に捨てられる」という気持ちが、最後まで払拭されなかったと思う。


(続く)