1128号「心の葛藤2」
砂辺光次郎
講義録1128
(2008/05/13)
石原慎太郎氏の「オンリー・イエスタディ」を読んだ。
行動半径の広さにまぶしささえ感じた。
弟の裕次郎の場合は、その実際の行動や前進からかもし出される雰囲気、オーラというのかもしれないが、存在感に圧倒される。
なにしろ、高校生のときに、銀座で豪遊していたというのだから、ケタが違うなと感じる。
私が好きな人に齋藤ひとりさんがいる。
もちろん日本一のお金持ちで有名な人だ。
この人の話などを聞くと心が開放されているというのはこういうことなんだな、とわかる。
そして、ここまで開放されているから日本一のお金持ちになるのだな、とも思う。
齋藤ひとりさんのグループの集まりに行ったことがある。
私は二階席でその斜め下に齋藤ひとりさんがいた。
感動したのは齋藤ひとりさんの礼儀正しさだ。
ある人が壇上に上がって齋藤ひとりさんに感謝の言葉を述べたら、本当にきちんと御礼をしていた。
そのときは、日本一の商人のお辞儀を見た、と感動した。
齋藤ひとりさんの心の開放度は第一級だと思う。
だから日本一のお金持ちになったのだと思う。
たとえば、齋藤ひとりさんは中学しか出ていないが、その理由をご本人は「勉強ができなかったから」とサラリと言っている。
全然格好つけない。
それ以外にも、何に対しても、「ついてるねえ。」「良かった。良かった。」とニコニコしながら言う。
人生に困ったことなし、とニコニコして言う。
ここまでプラス思考なら商売は確かに繁盛するはずだと思った。
逆に葛藤の強い人と会うと、息苦しくなる。
私の文章も読んでいる人は、今、急に息苦しさを感じているのではないだろうか。
葛藤が強い人は、なぜ人をワクにはめようとするだろうのか。
なぜ、倫理規範を人に押し付けるのだろうか。
なぜ、何となく人をきらうような感じが伝わってくるのだろうか。
それは、ようするに、自信がなく、不安であり、自分がきらいで同時に他人がきらいになるからだと思う。
(長いので、途中まで)