先月18日から今月30日にかけて、千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で開催されている『百鬼夜行の世界-百鬼夜行絵巻の系譜-』に足を運んだ。
http://www.rekihaku.ac.jp/events/p090718.html
「百鬼夜行絵巻」とは、深夜の町中で繰り広げられる妖怪たちのパレードを描いた巻物で、いくつかの作品が現存している。中には、過去に他の作家が描いた作品を手本に後年の作家が描き直したと思しきものが多く、妖怪のデザインや全体の構成に共通点が見い出せる。
さて歴博といえば、2001年の夏にも『異界万華鏡-あの世・妖怪・占い-』と銘打ち、3つある展示室をすべて使った大イベントを催していたが、それ以降、妖怪絡みの展示はなく、残念に思っていた。
今回の『百鬼夜行の世界』は、それほど大掛かりなものではなく、一番狭い第3展示室のみ使用。三方のガラスケースに合計8点の巻物を収めているが、スペースの都合でどれも一部分しか開示されていない。
しかし、その内の4点は、残る一方の壁に設置された大きなタッチパネルで全体像が確認できる。
中でも『百鬼ノ図』と題された1点が強く印象に残った。
百鬼夜行絵巻はただ妖怪の絵がたくさん載っているだけでなく、右から左に向かって時間軸が流れている。ほとんどの場合、夜明けを告げる雄大な太陽の図をもって幕を閉じるという趣向が定石だけれど、『百鬼ノ図』は“オチ”に当たる左側の三分の一を、おどろおどろしい黒雲が占める。しかも雲の中には、角のある四足の生き物(麒麟に似ている)にまたがった、解説の言葉を借りれば「サタンのような」妖怪のシルエットが浮かび上がっているのだ。そして、朝陽が昇ることなく、不吉な余韻を残したまま終わる――。
惜しむらくは、ガラスケースの中の実物ではこの部分が開示されていないこと。先述のとおり百鬼夜行絵巻は基本的に内容が似たり寄ったりで、『百鬼ノ図』は件の「サタン」の存在が強烈なオリジナリティを発揮しているだけに、ぜひ実物も見てみたかった。このあたりの無粋さは、妖怪好きのツボを外しているように思えてならない。
なお、図録は好評につき売り切れとなっているが(見本は置いてある)、来月7日に一般の書店でも販売されるそうだ。
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「百鬼夜行絵巻」とは、深夜の町中で繰り広げられる妖怪たちのパレードを描いた巻物で、いくつかの作品が現存している。中には、過去に他の作家が描いた作品を手本に後年の作家が描き直したと思しきものが多く、妖怪のデザインや全体の構成に共通点が見い出せる。
さて歴博といえば、2001年の夏にも『異界万華鏡-あの世・妖怪・占い-』と銘打ち、3つある展示室をすべて使った大イベントを催していたが、それ以降、妖怪絡みの展示はなく、残念に思っていた。
今回の『百鬼夜行の世界』は、それほど大掛かりなものではなく、一番狭い第3展示室のみ使用。三方のガラスケースに合計8点の巻物を収めているが、スペースの都合でどれも一部分しか開示されていない。
しかし、その内の4点は、残る一方の壁に設置された大きなタッチパネルで全体像が確認できる。
中でも『百鬼ノ図』と題された1点が強く印象に残った。
百鬼夜行絵巻はただ妖怪の絵がたくさん載っているだけでなく、右から左に向かって時間軸が流れている。ほとんどの場合、夜明けを告げる雄大な太陽の図をもって幕を閉じるという趣向が定石だけれど、『百鬼ノ図』は“オチ”に当たる左側の三分の一を、おどろおどろしい黒雲が占める。しかも雲の中には、角のある四足の生き物(麒麟に似ている)にまたがった、解説の言葉を借りれば「サタンのような」妖怪のシルエットが浮かび上がっているのだ。そして、朝陽が昇ることなく、不吉な余韻を残したまま終わる――。
惜しむらくは、ガラスケースの中の実物ではこの部分が開示されていないこと。先述のとおり百鬼夜行絵巻は基本的に内容が似たり寄ったりで、『百鬼ノ図』は件の「サタン」の存在が強烈なオリジナリティを発揮しているだけに、ぜひ実物も見てみたかった。このあたりの無粋さは、妖怪好きのツボを外しているように思えてならない。
なお、図録は好評につき売り切れとなっているが(見本は置いてある)、来月7日に一般の書店でも販売されるそうだ。