7月に原宿クロコダイルで行なわれたミニ・ライヴは大盛況の内に終わったが、あの時はメンバーと客席の距離の近さに加え、「平日に1万円払ってでもフラワーが観たい」というコアなファンばかりが集まっていたという事情もある。
そこをいくと、本日の会場となった日比谷野外音楽堂はキャパが桁違い。間口が広いだけに、客席の反応はシビアなものであった。
2時間に及ぶセットリストは、『MAKE-UP』『SHADOWS OF LOST DAYS』『SLOWLY BUT SURELY』『SATORI PART 2』『HIROSHIMA』といった往年の代表曲も披露されたが、やはりメインは新曲。
演奏に関しては、ほぼベストに近い出来であったように思う。後半になるにつれジョーさんのハイトーンがやや辛そうに聞こえる部分はあったものの、声楽のコンサートじゃあるまいし、このていどはじゅうぶん許容範囲内だ。
しかし、観客のノリについては、和製ハード・ロックの古典と呼ぶべき旧曲と、馴染みの薄い新曲との間で、温度差が如実に感じられた。約1時間に渡り観客総立ちで迎えられたオープニング・アクトのジョニー・ルイス&チャーの時と較べても、フラワーの演奏中に“総立ち”になったのは『MAKE-UP』と『SATORI PART 2』の時だけで、あとの曲は半数以上が座って聞いていた。途中退席も目立つ。
ジョニー・ルイス&チャーの演奏終了後の休憩時間、売店のお兄ちゃんたちがサンドイッチマンよろしくポスターを体の前後に貼り付けて客席を回り、新作の宣伝をしていたが、そこまでするのはあまり売れていないということなのだろうか? 個人的に35年ぶりのニュー・アルバム『WE ARE HERE』は、ノスタルジーに陥ることなく、かといって時流に迎合することもなく、現在進行形のFLOWER TRAVELLIN' BANDを体現した傑作と考えているが、たしかに往年のハード・ロックを期待する向きにはやや地味に感じられる内容かもしれない。その気持ちはよくわかるし、好みの問題だからとやかく言うつもりはない。
(収録曲『WE ARE HERE』PV)
http://jp.youtube.com/watch?v=vm0sSuLTlxA
しかし、僕の左前の席の若い男は、新曲が終わるたびに、ステージに向かって両腕を挙げ、親指を下に向けたり中指を立てたりしてブーイングを飛ばしていた。もちろんステージからは見えないだろう。だが、そのような態度がライヴを楽しんでいる周囲の観客にどういう印象を与えるか、まるで省みることなく、自分の独善的な感性をアピールすることに酔い痴れているように見えた。
ライヴの内容が自分の理想に合わないなら、黙って帰ればいい。部屋でYOUTUBEを観るのとはわけがちがうのだ。
フラワーの再始動はたんなる同窓会ではなく、現代を生きるアーティストとしての世界に向けたステートメントだ。しかし、自分が生まれてすらいなかった時代をことさら神聖視する一部の心無いファンたちが、未来に羽ばたこうとしているアーティストの翼を捥ぎ取ろうと躍起になっている。
醜く、そして悲しい光景だった。
ぽつり、ぽつりと降り出した雨に打たれながら、沈鬱な気分で帰宅した。
そこをいくと、本日の会場となった日比谷野外音楽堂はキャパが桁違い。間口が広いだけに、客席の反応はシビアなものであった。
2時間に及ぶセットリストは、『MAKE-UP』『SHADOWS OF LOST DAYS』『SLOWLY BUT SURELY』『SATORI PART 2』『HIROSHIMA』といった往年の代表曲も披露されたが、やはりメインは新曲。
演奏に関しては、ほぼベストに近い出来であったように思う。後半になるにつれジョーさんのハイトーンがやや辛そうに聞こえる部分はあったものの、声楽のコンサートじゃあるまいし、このていどはじゅうぶん許容範囲内だ。
しかし、観客のノリについては、和製ハード・ロックの古典と呼ぶべき旧曲と、馴染みの薄い新曲との間で、温度差が如実に感じられた。約1時間に渡り観客総立ちで迎えられたオープニング・アクトのジョニー・ルイス&チャーの時と較べても、フラワーの演奏中に“総立ち”になったのは『MAKE-UP』と『SATORI PART 2』の時だけで、あとの曲は半数以上が座って聞いていた。途中退席も目立つ。
ジョニー・ルイス&チャーの演奏終了後の休憩時間、売店のお兄ちゃんたちがサンドイッチマンよろしくポスターを体の前後に貼り付けて客席を回り、新作の宣伝をしていたが、そこまでするのはあまり売れていないということなのだろうか? 個人的に35年ぶりのニュー・アルバム『WE ARE HERE』は、ノスタルジーに陥ることなく、かといって時流に迎合することもなく、現在進行形のFLOWER TRAVELLIN' BANDを体現した傑作と考えているが、たしかに往年のハード・ロックを期待する向きにはやや地味に感じられる内容かもしれない。その気持ちはよくわかるし、好みの問題だからとやかく言うつもりはない。
(収録曲『WE ARE HERE』PV)
http://
しかし、僕の左前の席の若い男は、新曲が終わるたびに、ステージに向かって両腕を挙げ、親指を下に向けたり中指を立てたりしてブーイングを飛ばしていた。もちろんステージからは見えないだろう。だが、そのような態度がライヴを楽しんでいる周囲の観客にどういう印象を与えるか、まるで省みることなく、自分の独善的な感性をアピールすることに酔い痴れているように見えた。
ライヴの内容が自分の理想に合わないなら、黙って帰ればいい。部屋でYOUTUBEを観るのとはわけがちがうのだ。
フラワーの再始動はたんなる同窓会ではなく、現代を生きるアーティストとしての世界に向けたステートメントだ。しかし、自分が生まれてすらいなかった時代をことさら神聖視する一部の心無いファンたちが、未来に羽ばたこうとしているアーティストの翼を捥ぎ取ろうと躍起になっている。
醜く、そして悲しい光景だった。
ぽつり、ぽつりと降り出した雨に打たれながら、沈鬱な気分で帰宅した。