日本ゴス界の重鎮、ジュネ率いるAUTO-MODがニュー・アルバム『EASTERN GOTHIC』を発表した。
バンドの結成は、1980年に遡る。「ゴス」というとマニアックなイメージがあるけれど、80年代には後にBOØWYを結成する布袋寅泰と高橋マコト、そして後にPERSONZを結成する渡辺貢も在籍していた。
バンドの結成は、1980年に遡る。「ゴス」というとマニアックなイメージがあるけれど、80年代には後にBOØWYを結成する布袋寅泰と高橋マコト、そして後にPERSONZを結成する渡辺貢も在籍していた。
とくに、実質上はジュネと布袋のデュオとなった2ndアルバム『DEATHTOPIA』は、後にBOØWYでも発揮される布袋の軽快なポップ・センスをベースに、ジュネの呪術的なヴォーカリゼーションとシアトリカルな演出が結実した傑作である。
他の作品も、ジュネ独自の退廃的美学(しばしば「見世物小屋的」と評される)によって統一されてはいるが、それぞれ音楽性は異なり、なおかつ「外タレのコピー」とは無縁のオリジナリティを提示していた。
85年に一旦解散。その後、ジュネはGENETIC VOODOO、THE HIPS、ROCK OF ROMANCEなどを率いて活動していたが、95年に「AUTO-MOD 1999」として再結成。翌年、名義を「AUTO-MOD」に戻した。
85年に一旦解散。その後、ジュネはGENETIC VOODOO、THE HIPS、ROCK OF ROMANCEなどを率いて活動していたが、95年に「AUTO-MOD 1999」として再結成。翌年、名義を「AUTO-MOD」に戻した。
今やオリジナル・メンバーはジュネのみだが、ゴス系のオールナイト・イベント「TOKYO DARK CASTLE」をオルグし、若手バンドたちと共に日本のゴス・シーンの活性化を図っている。
再結成後のAUTO-MODは、80年代とは打って変わって、MARILYN MANSONやRAMMSTEINを意識したモダン・ヘヴィネスを追及しており、『EARTERN GOTHIC』もその延長線上にある。
再結成後のAUTO-MODは、80年代とは打って変わって、MARILYN MANSONやRAMMSTEINを意識したモダン・ヘヴィネスを追及しており、『EARTERN GOTHIC』もその延長線上にある。
とはいえ、ただ勢いで攻めるだけではない。冒頭を飾る賛美歌風のアカペラ『Der Teufel』を、エンディング曲『Lucifer's Song』では妖しげなパーカッションのリズムに乗せ、まったく違う印象に作り変えた。こうした創意工夫が細部に行き届いており、めくるめく魔界のファンタジアを繰り広げる。
……しかし、それでいて物足りなさを覚えるのも事実だ。80年代のAUTO-MODは、日本はおろか海外にも類を見ない唯一無比のサウンドを提示していたのに対し、再結成後の作品は、舶来品のヘヴィ・ロックを下地に独自の世界観を加えたというニュアンスが強い。よって、バンドの最大の魅力であった「オリジナリティ」が薄らいでしまった感は否めない。
とはいえ、キャリアの長いバンドにありがちなノスタルジーやマンネリに陥ることなく、最新モードの「ゴス」を提示した『EARTERN GOTHIC』は、AUTO-MODが“過去”でなく“現代”を生きるバンドであることを証明している。
……しかし、それでいて物足りなさを覚えるのも事実だ。80年代のAUTO-MODは、日本はおろか海外にも類を見ない唯一無比のサウンドを提示していたのに対し、再結成後の作品は、舶来品のヘヴィ・ロックを下地に独自の世界観を加えたというニュアンスが強い。よって、バンドの最大の魅力であった「オリジナリティ」が薄らいでしまった感は否めない。
とはいえ、キャリアの長いバンドにありがちなノスタルジーやマンネリに陥ることなく、最新モードの「ゴス」を提示した『EARTERN GOTHIC』は、AUTO-MODが“過去”でなく“現代”を生きるバンドであることを証明している。
実際、本作と同時発売されたTOKYO DARK CASTLE出演アーティストのオムニバス『TOKYO DARK CASTLE』に、本作収録曲の『DEVIL DANCE』を提供しているが、クオリティ、オリジナリティ、そして音圧、いずれをとっても若手たちに一歩も引けを取っていない。
“今”の彼らがアグレッシブに突き進むからこそ、AUTO-MODの歴史の意義はいっそう重みを増すのである。
MYSPACE→http://www.myspace.com/automod
“今”の彼らがアグレッシブに突き進むからこそ、AUTO-MODの歴史の意義はいっそう重みを増すのである。
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