(たが)が外れた様に

人は街に溢れていた。

忘れた時間を取り戻すかの如く

スマホ片手に右往左往。

私はテニスバッグを背に

最寄りの駅で改札をすり抜けたが

特急列車の最後尾、

ドア付近の手すりに身を委ねた。

緩い冷気と共に

乗客の微かなデオドラントの香りが

鼻腔をくすぐった。

車窓から望む雲と青空が

なんとも不思議な造形を生み出して

私の目を和ませた。



定より30分も早く着いた私は

竜馬通りを抜け

商店街の大通りにある

弁当屋に足を運んだ。

350ccよりさらに小さな缶ビールと

季節の彩り弁当を購入し、

屋形船が通る川べりの木陰に

身を委ねた。



がしく鳴く蝉とは対照的に

静かに石垣を舐める水面の音が

私の気持ちを鎮めた。

以前ならインバウンド景気で

東南アジア系の人々が 

押し寄せたこの場所も

すっかりと静寂を取り戻し、

透きとおる川や

涼やかな風鈴の音、

時折り高架を走る列車が

風情のある京都を見てとれた。

彩りの弁当を頬張ると

どれも当たり障りの無い具材で

ワンコインのコスパとしては十分。

早々にミツバチが匂いを嗅ぎつけ、

早々に食べる事を強いられた。

重くなった腹をさすっていると

静寂を破る様に屋形船が

目の前を通り過ぎようとしていた。



ポンポンと軽い音を立てている

その姿を見ていると、

昔、江戸川でみた矢切りの渡しを思い出し

とても懐かしくなった。


こまでも続く終盤の夏の空。

リチャード・ブランソン氏や

ジェフ・ベゾス氏は遥か宇宙から

豊富な財力で地球を見ていた。

1000円そこそこのお金で

私は雲を見上げながら

テニスが始まるギリギリの時間まで

ココロは空を舞っていた。

伏見港公園の船着場あたりの風景。