エレベーターを降り
しばらく廊下を歩くと
母のネームプレートは
ナースステーションの
真向かいにあった。
四人部屋の
入り口左手前のカーテンを
恐る恐る引くと
まるで誰かを待っているかの様に
こちらに体を向けて
静かな寝息を立てていた母。
訪問者用のパイプ椅子が
狭い空間に押しやられ
引っ張り出す事に気を取られていると
母は目を覚ました。
体の具合を聞きながら、
身の回りの必需品をメモ書きすると
私は近くのドラッグストアーへと
買い物に出る事にした。
トイレットペーパーと経口補水液、
ウェットティッシュなどを選んだが
ほとんどの棚を高齢者介護用品が
席巻していた現実にたいそう驚いた。
会計の際、
ポイントカードの有無を聞かれ
とっさに入会したのだが
たぶん増えていくポイントを想像すると
心がとても複雑だった。
病室に戻ると
母は身をお越し靴下を脱いで
伸びた爪を切ろうとしていた。
向精神薬の後遺症で手は震えていて
その光景を見た途端、
涙が止まらなかった。
慌てて爪切りを横取りし、
私が切ろうとした。
以前自身で切ったであろう爪は
不揃いで脆かったがここ数ヵ月
一人で爪を切っていた姿を想像すると
再び、涙が頬を伝った。
突然、カーテンの後ろで
慌しく看護士さんの声がし、
それは夕食の準備を知らせるものだった。
私が代わりに夕食のプレートをもらい
母に手渡そうとしたが
「食べて」と言う本人の声を聞かず
半ば強制的にテーブルの前に置いた。
仕方なく母はお粥をすくい
食べようとしたが
震える手はお粥を
ポタポタと落とす始末。
私は心を鬼にして、暫く見届けた。
小一時間、病室いた私は
そこを出る事にしたが
ガソリン代だとポチ袋を手渡す母。
「いい歳してお年玉かいな?」
そう言う私を見て母は少し笑った。
気持ちをくんで
そっとそれを胸ポケットにしまい
病室をあとにした。
駐車場の支払いを済ませ
暫く車を走らせたが
赤信号で停まった時
胸ポケットのお年玉を確認すると
千円札が一枚入っており、
何気なく袋の裏を見ると
震えた字で
ありがとうと書かれていた。
止まらない涙がまつ毛を通して
正面の商店街の光が
プリズムの様になった。
青になった信号。
後続車のクラクションで
咄嗟に気がついたが
やりきれない思いが
少しばかりアクセルを強めた。
そして今年10月、
母の3回忌がやって来ようとしている。

