[Reborn]
学1年生の頃、初めて
シングルレコードを買った。
“悲しき鉄道”という
いかにも昭和らしいネーミングの曲。
ショッキングブルーという
オランダのポップグループで
FM大阪でその曲を知り
まんまとハマってしまった。


その後、同番組を
月曜から金曜日までのTOP10をメモし、
次なるレコードの購買目標を立てた。
親が貯めてくれたお年玉を
少しづつ引き出して買ったレコードは
またたく間に部屋中を席巻し、
ちょっとしたコレクションになった。
同級生が歌謡曲に夢中になる中、
私はロックにどっぷりと傾倒し
高校生の頃には
継ぎはぎのGパンにロンドンブーツ、
ロッドスチュワートを真似た
ヘアスタイルやファッションで
いっぱしのロックキッズ(?)
気取っていた。


校生活はまともな勉強もせず
ブラスロックのシカゴチェイス
B&ST(ブラッド&セット・ティアーズ)
ハードロックの
グランドファンクレイルロード、
レッドツェッペリンフリー、
ディープパープル、マウンテン、
クイーン、スレイド
グラムロックの
T-REXイギーポップなど
あらゆるロックを聴きまくった。

る日、
学校の授業がつまらなくて
仮病で早退した。
電車を3回乗り継いで帰宅するが
あまりの天気の良さで途中下車し
大阪城公園をおもむくままに
歩く事にした。
するとお堀を拔けた本丸の中庭には
外人の団体がところ狭しと溢れていて、
唯一のお茶屋までを占領し、
おでんや甘酒、うどんなど
物珍しそうに飲食していた。
私はその店の
ソフトクリームが食べたかったが
大柄な外人が多数座っていた為、
長椅子の間をすり抜ける勇気は無かった。
しかし、葛藤の末
決死の覚悟で“Sorry”を連発しながら、
私は黒船に突入していった。

!!!!!!!!!!!!!!!! 

見覚えのある外人。
私の前にはロックミュージックの巨人、
レオンラッセルがそこに座っていた。


のちに知ったのだが
大阪ライブのオフで大阪城見物に訪れたと
Music Life誌が掲載していた注①
彼が丁度
天ぷらうどんを食べようと
慣れない箸使いでいたところを
まさにタイミングよく
私が通ったものだから
彼のアイコンタクトは
私にLOOK ONして
なけなしの箸使いを
伝授する事となった。
記憶では「Up and Hold」とか
「This is stick 」的な
シドロモドロの不慣れな英単語が
漫画の吹き出しの様に溢れ
滝の様な汗が吹き出たのを
今でもはっきりと覚えている。
この時程自分の不勉強さを
痛感した事は無かった。

カーペンターズ
ホイットニー・ヒューストン、
ジョージ・ベンソン、
ローリング・ストーンズ、
ボブ・ディランなど
著名なアーティスト達と共演し、
楽曲も数多くカバーされている。
中でも“A  song for you”や“マスカレード”、
スーパースター”などの彼の名曲は
ジャズ風にアレンジされるなど
多岐に渡りそのメロディーは
今も新鮮さを失わない。

彼はどちらかというと一般ウケはせず
多くのアーティストに影響を与えた
いわばミュージシャンズ•ミュージシャン
残念ながら2016年11月、
死因不明のまま74歳の生涯を終えた。

私は
彼の人生の数分に
箸の先生となり関われた事を
今も誇りに思う。

合掌。

注①東郷かおる,湯川れいこなどが編集し、
        ロックに特化した当時日本で唯一の音楽専門誌。