[Reborn]


体の知れない何者かは
確実に私の1m手前にいる。
問答無用の恐怖。
一瞬ラジオのジングルが聞えた時、
気持ちが少し楽になったが
同時に激しい尿意との闘いが
私を苦しませ始めた。

『どないしょう』

下腹部はグルグルと音を立て
断末魔状態。
もう、あかん!
半ば開き直りで目をつぶって
ヤツに体当たりしてもいいと
階下にあるトイレへとダッシュした。
(階段は謎の物体の向こう側にある)


すんなりと
物体をすり抜ける違和感。
何故か線香の香りが辺りに充満し、
転げ落ちる様に階段を下りた途端、
その匂いは消えてしまった。
降りた真正面のトイレには
黄色い裸電球に照らされた
祖母が扉を開けこちらを見ていた。

こんなトイレのイメージ

あっ、おばあちゃん、ごめん!
 早くして!オシッコしたいねん!”
    
信号待ちのランナーの様に
ステップを続け、
我慢するしか無かった。
祖母は戸を締め用を足し始めたが
トイレの前で
祖母の小便の音を聞いているのも
思春期の私には恥ずかしくもあり
急所を握りしめながら
10歩先の店の大広間で
腰をかけ仕方なく辛抱した。

を流れる汗。
貧乏揺すりをしながら
地獄の時間だった。
そんな中、 
背後に何故か視線を感じて振り返ると
祖母が後ろの大広間から
身を起こしてこちらを見ていた。

『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

トイレにいたはずの祖母!
そして、
ここにいる祖母!
急所を握っていた手は緩み
鉄砲水の如く流れ出た尿が
バーミューダパンツ※①を伝い
そして足から地面に、
半径5㎝程の尿だまりができた。
もうどうでもよくなり、
洗いあがりの洗濯物置き場から
自分のパンツとズボンを探しだし
それに履き替えると
静かに粗相の隠滅をした。
それからは放れの2階と大広間へは
怖くて行く気が無く、
とにかく外へ出たかった。
※①ユニクロのステテコの様なパンツ

先のカーテンを引くと
綺麗な満月が見えた。
“いっその事、朝まで浜辺にいよう”
ビーチサンダルを履き
静かにガラス戸を開けると
商店街を横切った。
大きな松林がある浜の防波堤に座ると
凪いだ水面に月明かりが揺れていたが
ロマンチックな気分より
あの足音の正体が何だったのか
気になって仕方なかった。

イメージです

元や足に執拗に飛び回る蚊。
刺されまいと首筋やふくらはぎを
叩いて防御していたが
どれ位それを繰り返していただろう。
白み始めた空が次第に
体中の刺され跡をあらわにした。


(謎の物体)もういないだろう。
空の明るさがそう思わせた。
恐る恐る部屋に戻ると
電源が入ったままの扇風機が
静かに回っていて、 
ラジオは高らかに
朝のニュースを報道していた。
タオルケットや枕の散乱が
昨夜の慌ただしさを物語っていたが
その片付けをしていると
謎の足音の道を探ってみたくなり
一段ずつ階段を降りてみた。
するとどうだろう。
明らかに湿った足跡が
階下より上がってきて
私の枕元で止まっているではないか。
そして、
線香の香りの原因もわからずに
毎夜謎の音にビクビクしながら
残りの夏休みが粛々と過ぎていった。


校2年目の夏休みは
地元のダイエーで
品出しのアルバイトをする毎日。
一年前のあの恐怖体験が
2度とあの場所で
アルバイトはするまいと
固くそう思っていた。

8月に入ったお盆前、
母が一本の電話を取った。
それは祖母の逝去を告げる
実家からの悲報だった。
一瞬背筋が凍った。
祖母が亡くなったのは
謎の音と2人の祖母を見た同じ日。
全くの偶然だろうと
始めそう思っていたが
たいそう私の事を
可愛がってくれた祖父が
ある日ユンボ注②の下敷きになり、
大腿骨を損傷した挙句、
復帰してからは片足が不自由になり、
右足を引きずりながら歩く毎日。
内臓疾患を患いながらも
晩年この世を去ったと聞いた。

父からは初孫になる私。
あの謎の音はお盆を前に祖父の霊が
私に会いに来たのではないかと思うと
実に納得がいくのである。
そして、
2人の祖母のどちらかの生霊を
偶然私が目撃したと考えれば
話が全て収まるのである。

祖母享年87。
8月12日、同日に起きた
故郷での不思議な話。

合掌。

予告/赤い顔。