相続権不存在確認請求控訴事件

東京高等裁判所 平成31年1月16日

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却するのが相当であると判断する。その理由は、次の通りである。

2 請求①について

(1)

本件文書には作成者の氏名を自書した部分がなく押印もない。また、本件文書2枚目以降の続きがあることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件文書は民法968条1項の規定する自筆証書遺言の要件を満たさず、遺言書として有効とはいえない。

したがって、本件文書は民法891条5号の「相続に関する被相続人の遺言書」に該当しないから、被控訴人Wが本件文書の検認を経なかったことをもって、同人が同号の「相続に関する被相続人の遺言書を隠匿した」ということもできない。

(2)控訴人C3は、本件文書はその記載内容からその被相続人の名の自署のある自筆証書遺言として有効であると主張するけれども、本件文書には作成者の氏名の記載及び押印がなく、民法968条1項の規定する自筆証書遺言の要件を満たさないものであることは前示のとおりである。

 控訴人C3は、本件文書に2枚目が存在しないことの立証責任は被控訴人が負うとすべきであると主張する。しかし、相続権不存在請求訴訟において、民法891条所定の相続欠格者であることの主張立証責任は、これを主張する者が負うから、本件文書が「相続に関する被相続人の遺言書」であることは控訴人において主張立証すべき事柄である。したがって、控訴人C3の上記主張は採用することができない。

 さらに、控訴人C3は、隠匿の対象である遺言書が法律上の要件を欠いた無効な遺言書でああっても、民法891条5号が適用されるべきであると主張するけれども、同号の明文に反する独自の見解であって採用の限りではない。

 

 

解説

 

民法上の「遺言」とは、「最終意思の表示」である。

有効な遺言とは、法的に有効な内容の「最終意思の表示」である。

有効な遺言とは、外形具備において有効な遺言書という意味ではない。

 

相続に関する被相続人の遺言とは、相続法上、限定的な意味を有する専門用語である。

 

相続に関する被相続人の遺言書の隠匿(=意思の隠匿)と、単なる遺言書の隠匿(=紙の隠匿)とは別物である。

 

相続に関する被相続人の遺言書の隠匿とは、遺言書という物体の公開を妨げ、また、その原状を不明とすることにより、その遺言書内に存在した「相続に関して被相続人が自ら表明した最終的な処分意思=遺言」を隠蔽し、その最終意思の実現を妨害したうえ、その終意(=遺言)とは異なる不正な利益を得ることである。

 

「(隠匿により欠格となるのは)有効な遺言に限られる。違法利得をしようとする意図こそが制裁の対象であると解されるから」『注釈民法』

意味

「その最終意思(=相続に関する被相続人の遺言)が法的に有効な内容でなければ、その終意を隠蔽して不正な利益を得ることにはならない」

 

これらは、法学の徒であるならば、もっとも基礎的な知識である。

 

相続に関する被相続人の遺言書の隠匿 ≠ 遺言書の隠匿

相続に関する被相続人の遺言書 = 相続に関する被相続人の遺言を包含する遺言書

相続に関する被相続人の遺言 = 相続人・相続財産の範囲に直接間接に影響を与える内容の遺言

遺言 = 最終意思の表示 ≠ 遺言書

有効な遺言 ≠ 外形具備において有効な遺言書

 

検認請求 → 義務 民法1004・1005条 → 原状保全行為 未開封のまま家裁に提出しなければならない 

 

検認未済 = 原状不明 = 遺言書という物体の隠匿

このように「検認未済」と「原状不明」とは「家族法では同義語」である。

 

これまでの裁判例はすべて、検認請求義務者がこれを怠ると遺言書の隠匿。

 

その遺言書内に「相続に関する被相続人の遺言」が存在し、その「遺言」を共同相続人などの利害関係者に「隠匿」したうえ、被相続人の最終意思の実現を妨害する不正な利益を得ることが相続に関する被相続人の遺言書の隠匿。

 

M 被相続人母

  C1第一子 C2第二子 C3第三子(控訴人 第一審原告)

D 被相続人 = C2 (M第二子)

W 被相続人後妻    (W1 被相続人前妻)(被控訴人 第一審被告)

被相続人Dには、W1・Wとの間に子はない。

Dの法定相続人はMとWとなる。

 

故意1 相続に関する被相続人の遺言の隠匿

検認未済の遺言書内に「母Mに3分の1、後妻Wに3分の2」との1項があり、これは「相続財産の範囲に直接影響を与える内容の遺言」=「相続に関する被相続人の遺言」であり、「法定分を相続させる」という意味であるので「有効な遺言」=「法的に有効な遺言事項」であり、この遺言書は検認が未済であるうえ、重度の認知症である母Mには事理弁識能力が欠如しており、(有効な)「相続に関する被相続人の遺言」は当該相続に関して利害関係者である母Mに隠匿されている。

 

故意2 違法利得

「母Mが相続する財産はない」との遺産分割協議書が偽造され、これが法務局・金融機関において行使されている。

 

故意1 + 故意2  = 遺言(行為)に対する著しく不当な干渉行為(平9・1・28最判) = 民法891条5号にいう隠匿 = 相続に関する被相続人の遺言書の破棄又は隠匿 (同最判では破棄・隠匿はその性格において同じ行為である → 終意隠蔽+違法利得)

 

検認未済(又は共同相続人が認知症)      → 遺言に対する不当な干渉行為

検認未済(又は共同相続人が認知症)+違法利得 → 遺言に対する著しく不当な干渉行為 

検認未済 → 「検認は遺言書の状態を確保する検証行為」(和38年4月24日 福岡高裁)

 

M 被相続人母

  C1第一子 C2第二子 C3第三子

D 被相続人 = C2

W 被相続人後妻    (W1 被相続人前妻)

被相続人Dには、W1・Wとの間に子はない。

Dの法定相続人はMとWとなる。

 

 

MにはC1長男、C2次男、C3長女の3子があり、DはC2である。

Mは被相続人D・W1と同居していたが、W1の病没後、DはW後妻と再婚している。

Wには離婚した前夫とのあいだに1子があるが、Dに再三養子縁組するように求めたものの、Dはこれに応じなかった。

Mは重度の認知症を患っていたところ、Dにステージ4の末期がんがみつかり、ここにおいて母親を残して先立つこととなったDは遺言をした。

 

注1;民法上の「遺言」とは「最終意思の表示」であり、具体的には「遺言行為」「遺言事項」を意味する。法律用語としての「遺言」は「遺言書」という物体を意味しない。家族法専門文献・判例においては、すべてこのように厳密に区別されている。よって、上述の「Dは遺言をした」とは「Dは遺言行為をおこなった」という意味となる。

 ちなみに、本判決が依拠する『注釈民法』のいう「(隠匿により欠格となるのは)有効な遺言に限られる」とは「法的に有効な内容の遺言事項に限られる」という意味である。つまり、本件においては「誰にいくら」という「相続財産の範囲」についての意思表示のことであり、問題となるのは、これが法的に有効な内容かどうか、共同相続人に秘匿することで不正な利益を得ることになる内容なのかどうか、ということである。無効な遺言、すなわち法的に無効な内容であれば、違法利得が実現することはない。制裁の対象は違法利得である(平9.1.28最判)。

 

 この遺言の方式は文書によるものであり、奇跡的にC3はW よりその一部を入手した。その遺言書には「母Mが自分Dよりも長生きした場合には母Mに3分の1,後妻Wに3分の2」との1行が存在し、これは「相続財産の範囲に直接に影響を与える内容の遺言(=遺言事項)」である。この遺言(=遺言事項)は、母Mが被相続人Dよりも長生きしており、遺留分を害するものでなく、そもそも法定分の指定であるので、「有効な遺言」と確認されている。すなわち、「法的に有効な内容の、相続に関する被相続人の遺言」が存在したのである。

 

*注2 遺言書2枚目の存在については、被控訴人W自身がこれを認めており、その内容はDの先妻に関するものであることが判明しているが、これは「相続に関する被相続人の遺言」ではなく、民法891条5号とは無関係である。

 

 Mは認知症であったが、Dが末期がんで入院した時点で事実上Wからの「軟禁状態」あり、D他界直後にC3はDが所有していた不動産の登記簿を調査し、ここにおいて共同相続人が2名であるにもかかわらず単独登記となっていたため、印鑑の不正登録と遺産分割協議書の偽造がおこなわれていることを察知した。

 D1周忌においてD遺言書の一部をWより入手したところ、その遺言書には検認印がなく、また、Mには財産管理について事理弁識能力がないことから、遺言書の隠匿であることが判明し、また、その遺言書内には「法定分を母Mに」との相続分に関する指定、すなわち相続財産の範囲に直接影響を与える内容の「相続に関する被相続人の遺言(=事項)」が存在し、その「遺言」は法的に有効な内容であり、そしてその「有効な遺言」がMに隠匿されたうえで遺産分割協議書が偽造されていることが突き止められた。 

 

注3:相続に関する被相続人の遺言の定義は、相続人・相続財産の範囲に直接間接に影響を与える内容の遺言である。具体的には、未成年後見人の指定を除く「相続に関する法定遺言事項」のことであり、これに関する遺言行為に対する違法な介入行為に対する制裁が民法891条3・4・5号である。

 

 Wは、「用済み」となったMの息の根を一日でも早く止めるべく、その治療を妨害するという行為にまで及び、ここにおいてC3は、実母であるMの権利を、そして生命を守るため、家裁に後見開始を申し立てた。家裁は上述の偽造された遺産分割協議書を法務局より提出させて確認し、これをうけC3は「隠匿および不正利益の二重の故意」を立証し、ここにおいて家裁は、Dの相続人はM1名のみであると判断し、Wに不法占有されているMの財産を弁護士を成年後見人に選任して保全をする、と決定した。

(中略)

 後見期間が5年もあり、二代にわたり弁護士が後見人に選任されたにもかかわらず、被後見人Mに関する違法状態は一切排除されず、不法占有された財産は全く回復されなかったが、この二代の後見人弁護士A・Bはすべて家裁の方針にしたがって適切に任務を完了したと主張している。

 A・Bともに、いっさい被後見人と被後見人が相続人である被相続人の財産調査をおこなっておらず、身上監護義務をまったく果たさなかった。Mは、Wからの治療妨害を受け続け、C3が選択した治療を受けることもできずに息を引き取った。

 Aによれば、「家裁が地裁で遺産分割をおこなうよう指示し、自分は地裁で遺産分割を完了し、それを家裁が了承した」としており、Aの後任B  もまた同様の弁明をしている。地裁の遺産分割とは初耳である。ちなみに、残高証明はいっさい添付されていない。

 この遺産分割とは、Aが提起した遺産分割無効確認の訴訟において成立した和解をさす。この和解にいたる過程において突然、被告側が「遺産分割をやり直す」と提案し、そこにいたるまでに(Mに相続放棄させる内容の)「遺産分割協議書が無効であることを認める」「遺産分割のやり直しにおいては、母Mに3分の1とのD の意思を尊重する」と述べており、「相続分の指定に関するDの最終的な処分意思をMに隠蔽し、Dの終意とは異なる利益を得た」ことを自白する内容となっており、ここにおいて平成9年1月28日最高裁判決において求められる「二重の故意」が確認され、これは和解調書とそれに至る事件記録という公文書に記録されている。

 すなわち、この和解調書は事実上、相続欠格構成要件を認定するものとなっている。

 なお、前述の遺産分割無効確認請求訴訟の期間中、後見申立人(=控訴人C3)は担当判事に「法定遺言事項が記載されているので相続に関する被相続人の遺言書であり、遺産分割協議書偽造により不正な利益が実現しているため相続欠格である」との内容の上申書を提出し、これは受理されて事件記録に綴じられている。

 ここで紹介している第一審・第二審の前訴となるのが、この遺産分割無効確認請求訴訟であり、後見人からいっさい人権を擁護されることのなかった実母の相続人として提起したものである。

 

 では、そもそも控訴人の主張はいったいどのようなものであったのか。

 

 上述の説明と同様のものが「控訴人本人」の作製した控訴理由書第二部の内容である。

 その控訴人作成の控訴理由書はどうなったのか。控訴理由書は、弁護士作成の第一部、控訴人本人作成の第二部の二部構成となっている。

 第一部においては、第一審判決の内容に即するものではあるものの、検認未済の遺言書、すなわち「遺言に関する不当な干渉行為」のおこなわれたところの遺言書の外形について述べているだけであり、これと民法891条5号とは何の関係もない。

 第二部においては、控訴人本人がこれまで本頁において説明してきたことを詳細に述べている。

 これについて、次回詳述する。