第1章 第一審の評価

 

第1節 第一審における重大な過誤

 

 第1項 第一審判決

 

まず、第一審判決をそのまま引用する。

 

当裁判所の判断

1 本件文書は 遺言書といえるのかについて

  前記前提事実によれば、本件文書には、作成者の氏名を自署した部分がなく、押印も

ない。また、本件文書には2枚目以降の続きがあると認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件文書は自筆証書遺言の要件を満たさず、遺言書として有効なものであるとは

言えない。

  これと異なる原告の主張は採用することができない。

 

 

2.被告が本件文書を隠匿したといえるのかについて

   上記のとおり、本件文書には2枚目以降の続きがあることを認めるに足る証拠はないところ、前記前提事実によれば、本件文書の内容は、本件遺産分割協議書の内容と一致しない部分もあるが、被告は、善次一周忌の後に、原告の求めに応じて、本件文書を原告に送付して、その内容を明らかにしているのであるから、これを隠匿したということはできない。

  原告は、被告が本件文書について検認を経なかったことをもって隠匿であると主張するが、上記のように本件文書の存在が明らかとなっていた事情の下では、検認を経なかったことをもって直ちに隠匿したと評価することは困難であると言わざるを得ない。

 

 

第2項  第一審の理論

 

上記を基に、その依拠する理論をまとめると次のようになる。

 

1A 

相続に関する被相続人の遺言書とは、自筆遺言証書のことである。

自筆遺言証書という物体を隠匿することが、891条5号所定の隠匿である。

欠格事由を生ぜしめるのは、法定外形具備において有効に成立した自筆遺言証書のみである。

検認未済の遺言書につき、検認請求義務者以外の者には、その法定外形具備を立証する責任がある。

 

2A

共同相続人以外の者に、不正利益取得後に開示すれば、隠匿とはならない。

非利害関係者も隠匿行為の客体である。

 

 

第3項 第一審理論の考察

 

上記について吟味する。

 

1Aの解釈

 内容が法定遺言事項でなくても、自筆遺言証書の法定外形を具備しているものが891条5条所定の「相続に関する被相続人の遺言書」である。

 隠匿の行為者は、隠匿行為により不正な利益を得たのち、隠匿行為を継続すれば891条適用を免れることが可能であり、法定遺言事項の存在する部分を公開しても、押印のある部分を開示しなければ、どのように不正な利益を得ても免責となり、であるならば、破棄行為により簡単にその目的を達成することができる。

 検認請求義務者には、検認未済により原状を不明とした遺言書について責任はなく、封緘された封筒に印があれば法定外形具備につき可とした最高裁判例があるが、検認の場以外で開封し、その封筒をも隠匿している者に一切責任はなく、すべて相続欠格を主張する側に立証責任がある。

 

 注:最高裁判例は、破棄行為・隠匿行為につき、取り扱いの整合性を意識しており、この二者における基本的な性格について同一視している。その基本的な性格とは、遺言者の終意を破棄・隠匿すること、すなわち破棄・隠匿により遺言者の最終意思を隠蔽することである。相続欠格を主張する者の立証責任は、破棄・隠匿において整合したものとなる。

 

「相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法891条5号所定の相続欠格者にあたらないものと解するのが相当である。けだし、同条5号の趣旨は遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにあるが、遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言に関する著しく不当な干渉行為ということはできず、このような行為をした者に相続人となる資格を失わせるという厳しい制裁を課すことは、同条5号の趣旨に沿わないからである」

(最高裁判決平成9年1月28日)

 

 破棄とは、遺言書の焼き捨て、切断、一部の切り捨てなど遺言書自体の有形的破棄の場合のほか、記載内容を識別できないようにする抹消も含まれ、その結果は破棄・隠匿ともに同じであり、被相続人が表明した最終意思の実現を妨げるというものである。

 破棄行為であれば、外形具備を立証することが可能かどうか、では、隠匿行為ではどうなのか、合理的思考があるならば、自明の理である。

 

 ちなみに、民法891条5号は、前段と後段とでは別な規定である。

 

相続に関する被相続人の遺言書を偽造、変造、破棄又は隠匿した者。

 

 破棄又は隠匿により、被相続人の相続に関する遺言を隠蔽した者。

 偽造又は変造により、被相続人の相続に関する遺言を捏造した者。

 

 偽造・変造は、捏造された遺言状が存在する場合の規定であり、破棄・隠匿は、遺言状が存在しない場合の規定である。

 

 

2A 第一審理論

 共同相続人以外の者に、不正利益取得後に開示すれば、隠匿とはならない。

利害関係者以外も隠匿行為の客体である。

 

2Aの解釈

 検認請求義務者がこれを怠っても何の問題もない。

 検認未済により遺言書の原状を確保せず、遺言者の終意を共同相続人に隠蔽したうえで不正な利益を得ても、そののち、共同相続人以外の非利害関係者に遺言書の一部を開示すれば、相続欠格となることを免れることができる。

 遺言書の保管者が、被相続人の終意を隠蔽して不正な利益を得ることは合法である。

 

 

第2節 誤審の考証

 

第1項 泰斗の見解

 

 以上のとおり、第一審判決の理論は、これまでの判例・通説とはまったく異なる独特のものである。その誤りについて詳述するが、その前にまず、泰斗・○○○○先生の見解を示しておく。

 

「法的に有効な遺言と、外形具備において有効に成立した遺言書とは別物である」

「遺言の隠匿は、遺言状の隠匿のことではなく、遺言そのものを隠匿することである」

「有効に成立した遺言とは、遺言書の作成によって成立したものではなく、遺言意思を自ら表明したことにより有効に成立した法的変動のことを言う」

 (○○○○先生)NB:筆者が指導を受けた著名な民法学者のお名前が入る。

 

 

第2項 誤りの源泉

 

第一審 「本件文書は自筆証書遺言の要件を満たさず、遺言書として有効なものであるとは言えない」

 

注釈民法「(隠匿により欠格の対象となるのは)有効に成立した遺言に限られる」『新版注釈民法 28』( 238頁 加藤永一 )

 

 判決担当者は、『注釈民法』を参照し、891条5号隠匿の項・遺言の項において「有効に成立した遺言に限られる」との文言を発見し、この「遺言」を「遺言書」と誤って理解したと考えられる。判決文においても、「遺言」と「遺言書」との区別ができていない。

 

 法律用語としての「遺言」と「遺言書」とは、まったく意味が異なる。

 

 民法上の「遺言」とは、「最終意思の表示」である。

 

 そのうえに、自筆証書遺言における遺言書の法定外形について、大審院判例・最高裁判例とは異なる独自の見解を述べている。また、遺言に関する判例の知識については疑問符をつけざるを得ない。

 文献・判例において、遺言状・遺言証書を意味する場合には「遺言書」と表記され、「遺言」と表記される場合には遺言行為・遺言事項を意味しており、『注釈民法』を熟読すれば、「遺言」と「遺言書」とが厳密に区別されていることがわかる。これは、法学の徒であるならば、もっとも基礎的な知識である。

 

 次の2判例において、このことがよく理解できる。            

 

「民法891条5号の趣旨は、遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにある」

(最高裁判決平成 9年1月28日) 

「民法891条5号の趣旨は、『遺言行為』に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して」

 参考までに、上述の○○先生の見解をあてはめると、次のようになる。

「民法891条5号の趣旨は、(被相続人が)遺言意思を自ら表明したことにより有効に成立した法的変動に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにある」

 

「遺言書の検認は、遺言書の形式、態様など遺言の方式に関する一切の事実を調査して、遺言書の状態を確保しその現状を明確にする一種の検証手続きで、遺言の内容の真否、その法律上の効力の有無など遺言書の実体上の効果を判断するものではない」

(福岡高裁判決 昭和38年4月24日)

「『遺言行為』の方式に関する一切の事実を調査して」

「『遺言事項』の内容の真否、『遺言事項』の法律上の効力の有無など遺言書の実体上の効果を判断するものではない」

 

 民法上の「遺言」とは、死後の法律関係を定めるための「最終意思の表示」である。

 民法960条以下にいう「遺言」とは、この最終意思の表示、すなわち遺言行為および遺言事項をさす。法律用語で「遺言書」とは、「遺言証書」「遺言状」という物体をさす。

『注釈民法』隠匿項目にいう「有効に成立した遺言」とは、「法的に有効な遺言事項」をさし、「有効に成立した遺言を隠匿した場合に限られる」とは「法的に有効な遺言事項を隠匿した場合に限られる」という意味である。

 

遺言  = 形而上 = 遺言行為・遺言事項 → 破棄・隠匿

遺言書 = 形而下 = 遺言証書・遺言状  → 偽造・変造

 

 日本語における思考においては、冠詞が、また名詞において数・性の概念が存在せず、しばしばこのような混乱が生じるが、英語・仏語等における思考においては、このような錯誤は起こりえない。英語・仏語等で思考可能であれば、日本語においてもその論理で思考することが可能であり、このように読み間違えることはありえない。また、英語文化において、検認未済の遺言書外形につき、検認請求義務者以外の者に立証責任があるなどという論理は成立しない。日本語において、読み手には、細心の注意を払って真意を解釈する責務がある。

 

 

第3節 正しい理解

 

 通説・判例による正しい解釈は次のとおりである。

 

1B

 

 相続に関する被相続人の遺言書を隠匿することとは、相続人・相続財産の範囲に直接間接に影響を与える内容の、被相続人が自ら表明した最終的な処分意思を隠蔽し、それとは異なる不正な利益を得る目的において被相続人の遺言行為に不正な介入をすることで、被相続人が自ら表明した最終意思の実現を妨害することであり、相続人・相続財産の範囲に直接間接に影響を与える内容の最終的な処分意思は法定遺言事項として表明され、その遺言事項につき、無効であれば隠匿された側に実害は生じないため、法的に有効に成立した遺言事項に限られる。

 

「民法891条5号の趣旨は、遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対して相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするところにある」

(最高裁判決 平成9年1月28日)  

「被相続人の最終的な処分意思を害し、不当な利益を得る意図に出たのが民法891条5号にいう隠匿」

(大阪高裁判決 平成13年2月27日)

 

 

2B

 

 共同相続人に対して隠蔽するか、検認請求義務を怠れば、その時点で隠匿は既遂となり、その後に共同相続人に対して開示をしても隠匿が成立する。隠匿が成立するのはあくまでも不正な利益を得る対象である共同相続人に対してのみであり、推定相続人等の者には利害関係はない。

 認知症の共同相続人から不正な利益を得たならば、相続に関する被相続人の遺言書を示

していても隠匿が成立し、それが公正証書遺言によるものであっても、認知症の共同相続人には自己の意思によりこれを認識できないため、これも隠匿が成立する。公正証書が隠匿とならないとの判例は、共同相続人が自らの意思において検索することが可能であるから、としている。

 判例により、検認請求義務者がこれを怠れば遺言書の隠匿に該当するが、たとえ検認を経ていても、共同相続人が認知症である場合には、不正な利益を得たことが認定されれば相続欠格となる。すなわち、認知症の共同相続人から不正な利益を得たならば、どのような場合でも相続欠格となるのである。

 

 被相続人の終意に反する不正な利益を得たことが、すなわち、被相続人の終意を隠蔽し、客観的にその終意とは異なる遺産の帰属を生ぜしめたことが、遺言妨害として欠格事由とされるのである。

 

 ちなみに、次のような時系列的前後関係がある。

被告 遺産分割協議書を偽造  平成○○年4月27日 この時点で検認未済

原告 遺言書の一部を入手   平成○○年4月 7日  注:翌年

(NB: 被告=第一審被告=被控訴人   原告=第一審原告=控訴人 ) 

 

「遺言書の執行を妨げるため保管者から遺言書の交付を受けこれを返還することも検認手続の申立てもしなかったときは、遺言書の隠匿に該当する」

(千葉地裁八日市場支部判決平成11年2月17日)

 

注:偽造・変造・破棄・隠匿を防止するため、平成30年7月6日、遺言書保管法が成立し(同年7月13日公布)、「民法第968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書」につき、近く、法務局において保管が可能となることとなった。遺言書保管所に保管される遺言書については、 遺言書の検認(民法第1004条第1項)の規定は適用除外となる。

 

民法第968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書=自筆遺言証書=いわゆる「自筆証書遺言による遺言書」

 

 

第4節 語義

 

 基本的なことではあるが、語義を正しく理解することが、民法891条5号の法意を解釈するためには必要不可欠である。以下、重要な語義について記す。

 

一般用語

遺言 (ゆいごん)  : 主に遺言状を意味するが、遺言事項である場合もある。

遺言事項は「遺言の内容」と表現されることが多い。 

遺言行為は「遺言で」「遺言により」と表現される。

 

 

法律用語

遺言 (いごん)   : 最終意思の表示  =   遺言行為・遺言事項

遺言書        : 遺言事項を記述した書面  遺言状 遺言証書

遺言証書       :              遺言書 遺言状

遺言状        :              遺言証書 遺言書

 

注:法律用語では「遺言」と「遺言書」とは別の語である。遺言とは意思表示をさし、その遺言を文字情報にて記録した書面を遺言書・遺言証書・遺言状という。遺言は形而上の遺言行為・遺言事項であり、物体を意味しない。これに対して遺言書は形而下の物体を意味し、遺言行為・遺言事項を意味しない。つまり、「遺言」とは、形而上の「被相続人による最終意思の表示」を意味するのである。「遺言」は「遺言書」を意味しない。著名な学者による文献、重要判例は、すべてこのとおりとなっている。「遺言」を「遺言書」の意味で用いること、「遺言」を「遺言書」と解することは、重大な誤りである。

 

遺言公正証書  : 公正証書遺言による遺言書

自筆遺言証書  : 自筆証書遺言による遺言書

公正証書遺言  : 公正証書による遺言行為・遺言事項

自筆証書遺言  : 自筆証書による遺言行為・遺言事項

 

注:自筆証書遺言とは、自筆の遺言書のことではなく、自筆の遺言書による遺言行為・遺言事項を意味する。公正証書遺言とは、公正証書の遺言書のことではなく、公正証書の遺言書による遺言行為・遺言事項を意味する。「自筆証書遺言」を遺言書の意味で用いること、「自筆証書遺言」を遺言書の意味で解することは、重大な誤りである。

 

注:遺言書保管法「民法第968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書」

   

                             No One Is Above the Law

 

 読者諸賢におかれては、いったいなぜこのような判決となるのかと、いぶかしんでおられることと思う。これより複数回にわたって、主張書面の内容を示す。

 この主張書面は、『注釈民法』『註釈相続法』『相続法』(中川善之助 有斐閣)『相続法の基礎』(青林書院)等多数の家族法文献を入手して熟読理解のうえ、そのうちの一冊の著者である著名な民法学者を直接お訪ねして個人授業を受け、その指導を受けて作成し、「素人のおばさん」が提出して正式に受理されたものである。その内容は、これまで述べてきたものと同様である。

 公開の法廷に提出されたものであるが、ここに開示するにあたってはプライバシーに配慮し、また、読者の理解を助けるために随時、NB・解説を付す。本文中の「注」は原注である。

 また、この主張書面には上述の文献をはじめとする多数の書証が添付されており、問題となっている遺言書・偽造された遺産分割協議書等も含まれ、これについても可能な限り開示してゆく。

 

第1章 第一審の評価

第2章 これまでの経緯

第3章 高裁への控訴

第4章 相続欠格

第5章 固有必要的共同訴訟

第6章 相続回復請求

 

 

第4章 相続欠格

第1節 正しい解釈、規範となる判決

第1項 相続欠格は、相続法においてもっとも難解な項目であり、正しく理解している者は皆無である。第一審原告・控訴人に有利になるよう取り計らうという狭量な意図からではなく、民法891条5号隠匿の法意につき、正確な理解を提示することを主眼とし、以後、基準となる高裁判決、のちの世において規範となる判決を御庁に求めるものである。

 

 

第2節 民法891条5号の法意

 

第1項 相続に関する被相続人の遺言書

 

相続権不存在確認請求控訴事件

東京高等裁判所 平成31年1月16日

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却するのが相当であると判断する。その理由は、次の通りである。

2 請求①について

(1)

本件文書には作成者の氏名を自書した部分がなく押印もない。また、本件文書2枚目以降の続きがあることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件文書は民法968条1項の規定する自筆証書遺言の要件を満たさず、遺言書として有効とはいえない。

したがって、本件文書は民法891条5号の「相続に関する被相続人の遺言書」に該当しないから、被控訴人Wが本件文書の検認を経なかったことをもって、同人が同号の「相続に関する被相続人の遺言書を隠匿した」ということもできない。

(2)控訴人C3は、本件文書はその記載内容からその被相続人の名の自署のある自筆証書遺言として有効であると主張するけれども、本件文書には作成者の氏名の記載及び押印がなく、民法968条1項の規定する自筆証書遺言の要件を満たさないものであることは前示のとおりである。

 控訴人C3は、本件文書に2枚目が存在しないことの立証責任は被控訴人が負うとすべきであると主張する。しかし、相続権不存在請求訴訟において、民法891条所定の相続欠格者であることの主張立証責任は、これを主張する者が負うから、本件文書が「相続に関する被相続人の遺言書」であることは控訴人において主張立証すべき事柄である。したがって、控訴人C3の上記主張は採用することができない。

 さらに、控訴人C3は、隠匿の対象である遺言書が法律上の要件を欠いた無効な遺言書でああっても、民法891条5号が適用されるべきであると主張するけれども、同号の明文に反する独自の見解であって採用の限りではない。

 

 

解説

 

民法上の「遺言」とは、「最終意思の表示」である。

有効な遺言とは、法的に有効な内容の「最終意思の表示」である。

有効な遺言とは、外形具備において有効な遺言書という意味ではない。

 

相続に関する被相続人の遺言とは、相続法上、限定的な意味を有する専門用語である。

 

相続に関する被相続人の遺言書の隠匿(=意思の隠匿)と、単なる遺言書の隠匿(=紙の隠匿)とは別物である。

 

相続に関する被相続人の遺言書の隠匿とは、遺言書という物体の公開を妨げ、また、その原状を不明とすることにより、その遺言書内に存在した「相続に関して被相続人が自ら表明した最終的な処分意思=遺言」を隠蔽し、その最終意思の実現を妨害したうえ、その終意(=遺言)とは異なる不正な利益を得ることである。

 

「(隠匿により欠格となるのは)有効な遺言に限られる。違法利得をしようとする意図こそが制裁の対象であると解されるから」『注釈民法』

意味

「その最終意思(=相続に関する被相続人の遺言)が法的に有効な内容でなければ、その終意を隠蔽して不正な利益を得ることにはならない」

 

これらは、法学の徒であるならば、もっとも基礎的な知識である。

 

相続に関する被相続人の遺言書の隠匿 ≠ 遺言書の隠匿

相続に関する被相続人の遺言書 = 相続に関する被相続人の遺言を包含する遺言書

相続に関する被相続人の遺言 = 相続人・相続財産の範囲に直接間接に影響を与える内容の遺言

遺言 = 最終意思の表示 ≠ 遺言書

有効な遺言 ≠ 外形具備において有効な遺言書

 

検認請求 → 義務 民法1004・1005条 → 原状保全行為 未開封のまま家裁に提出しなければならない 

 

検認未済 = 原状不明 = 遺言書という物体の隠匿

このように「検認未済」と「原状不明」とは「家族法では同義語」である。

 

これまでの裁判例はすべて、検認請求義務者がこれを怠ると遺言書の隠匿。

 

その遺言書内に「相続に関する被相続人の遺言」が存在し、その「遺言」を共同相続人などの利害関係者に「隠匿」したうえ、被相続人の最終意思の実現を妨害する不正な利益を得ることが相続に関する被相続人の遺言書の隠匿。

 

M 被相続人母

  C1第一子 C2第二子 C3第三子(控訴人 第一審原告)

D 被相続人 = C2 (M第二子)

W 被相続人後妻    (W1 被相続人前妻)(被控訴人 第一審被告)

被相続人Dには、W1・Wとの間に子はない。

Dの法定相続人はMとWとなる。

 

故意1 相続に関する被相続人の遺言の隠匿

検認未済の遺言書内に「母Mに3分の1、後妻Wに3分の2」との1項があり、これは「相続財産の範囲に直接影響を与える内容の遺言」=「相続に関する被相続人の遺言」であり、「法定分を相続させる」という意味であるので「有効な遺言」=「法的に有効な遺言事項」であり、この遺言書は検認が未済であるうえ、重度の認知症である母Mには事理弁識能力が欠如しており、(有効な)「相続に関する被相続人の遺言」は当該相続に関して利害関係者である母Mに隠匿されている。

 

故意2 違法利得

「母Mが相続する財産はない」との遺産分割協議書が偽造され、これが法務局・金融機関において行使されている。

 

故意1 + 故意2  = 遺言(行為)に対する著しく不当な干渉行為(平9・1・28最判) = 民法891条5号にいう隠匿 = 相続に関する被相続人の遺言書の破棄又は隠匿 (同最判では破棄・隠匿はその性格において同じ行為である → 終意隠蔽+違法利得)

 

検認未済(又は共同相続人が認知症)      → 遺言に対する不当な干渉行為

検認未済(又は共同相続人が認知症)+違法利得 → 遺言に対する著しく不当な干渉行為 

検認未済 → 「検認は遺言書の状態を確保する検証行為」(和38年4月24日 福岡高裁)

 

M 被相続人母

  C1第一子 C2第二子 C3第三子

D 被相続人 = C2

W 被相続人後妻    (W1 被相続人前妻)

被相続人Dには、W1・Wとの間に子はない。

Dの法定相続人はMとWとなる。

 

 

MにはC1長男、C2次男、C3長女の3子があり、DはC2である。

Mは被相続人D・W1と同居していたが、W1の病没後、DはW後妻と再婚している。

Wには離婚した前夫とのあいだに1子があるが、Dに再三養子縁組するように求めたものの、Dはこれに応じなかった。

Mは重度の認知症を患っていたところ、Dにステージ4の末期がんがみつかり、ここにおいて母親を残して先立つこととなったDは遺言をした。

 

注1;民法上の「遺言」とは「最終意思の表示」であり、具体的には「遺言行為」「遺言事項」を意味する。法律用語としての「遺言」は「遺言書」という物体を意味しない。家族法専門文献・判例においては、すべてこのように厳密に区別されている。よって、上述の「Dは遺言をした」とは「Dは遺言行為をおこなった」という意味となる。

 ちなみに、本判決が依拠する『注釈民法』のいう「(隠匿により欠格となるのは)有効な遺言に限られる」とは「法的に有効な内容の遺言事項に限られる」という意味である。つまり、本件においては「誰にいくら」という「相続財産の範囲」についての意思表示のことであり、問題となるのは、これが法的に有効な内容かどうか、共同相続人に秘匿することで不正な利益を得ることになる内容なのかどうか、ということである。無効な遺言、すなわち法的に無効な内容であれば、違法利得が実現することはない。制裁の対象は違法利得である(平9.1.28最判)。

 

 この遺言の方式は文書によるものであり、奇跡的にC3はW よりその一部を入手した。その遺言書には「母Mが自分Dよりも長生きした場合には母Mに3分の1,後妻Wに3分の2」との1行が存在し、これは「相続財産の範囲に直接に影響を与える内容の遺言(=遺言事項)」である。この遺言(=遺言事項)は、母Mが被相続人Dよりも長生きしており、遺留分を害するものでなく、そもそも法定分の指定であるので、「有効な遺言」と確認されている。すなわち、「法的に有効な内容の、相続に関する被相続人の遺言」が存在したのである。

 

*注2 遺言書2枚目の存在については、被控訴人W自身がこれを認めており、その内容はDの先妻に関するものであることが判明しているが、これは「相続に関する被相続人の遺言」ではなく、民法891条5号とは無関係である。

 

 Mは認知症であったが、Dが末期がんで入院した時点で事実上Wからの「軟禁状態」あり、D他界直後にC3はDが所有していた不動産の登記簿を調査し、ここにおいて共同相続人が2名であるにもかかわらず単独登記となっていたため、印鑑の不正登録と遺産分割協議書の偽造がおこなわれていることを察知した。

 D1周忌においてD遺言書の一部をWより入手したところ、その遺言書には検認印がなく、また、Mには財産管理について事理弁識能力がないことから、遺言書の隠匿であることが判明し、また、その遺言書内には「法定分を母Mに」との相続分に関する指定、すなわち相続財産の範囲に直接影響を与える内容の「相続に関する被相続人の遺言(=事項)」が存在し、その「遺言」は法的に有効な内容であり、そしてその「有効な遺言」がMに隠匿されたうえで遺産分割協議書が偽造されていることが突き止められた。 

 

注3:相続に関する被相続人の遺言の定義は、相続人・相続財産の範囲に直接間接に影響を与える内容の遺言である。具体的には、未成年後見人の指定を除く「相続に関する法定遺言事項」のことであり、これに関する遺言行為に対する違法な介入行為に対する制裁が民法891条3・4・5号である。

 

 Wは、「用済み」となったMの息の根を一日でも早く止めるべく、その治療を妨害するという行為にまで及び、ここにおいてC3は、実母であるMの権利を、そして生命を守るため、家裁に後見開始を申し立てた。家裁は上述の偽造された遺産分割協議書を法務局より提出させて確認し、これをうけC3は「隠匿および不正利益の二重の故意」を立証し、ここにおいて家裁は、Dの相続人はM1名のみであると判断し、Wに不法占有されているMの財産を弁護士を成年後見人に選任して保全をする、と決定した。

(中略)

 後見期間が5年もあり、二代にわたり弁護士が後見人に選任されたにもかかわらず、被後見人Mに関する違法状態は一切排除されず、不法占有された財産は全く回復されなかったが、この二代の後見人弁護士A・Bはすべて家裁の方針にしたがって適切に任務を完了したと主張している。

 A・Bともに、いっさい被後見人と被後見人が相続人である被相続人の財産調査をおこなっておらず、身上監護義務をまったく果たさなかった。Mは、Wからの治療妨害を受け続け、C3が選択した治療を受けることもできずに息を引き取った。

 Aによれば、「家裁が地裁で遺産分割をおこなうよう指示し、自分は地裁で遺産分割を完了し、それを家裁が了承した」としており、Aの後任B  もまた同様の弁明をしている。地裁の遺産分割とは初耳である。ちなみに、残高証明はいっさい添付されていない。

 この遺産分割とは、Aが提起した遺産分割無効確認の訴訟において成立した和解をさす。この和解にいたる過程において突然、被告側が「遺産分割をやり直す」と提案し、そこにいたるまでに(Mに相続放棄させる内容の)「遺産分割協議書が無効であることを認める」「遺産分割のやり直しにおいては、母Mに3分の1とのD の意思を尊重する」と述べており、「相続分の指定に関するDの最終的な処分意思をMに隠蔽し、Dの終意とは異なる利益を得た」ことを自白する内容となっており、ここにおいて平成9年1月28日最高裁判決において求められる「二重の故意」が確認され、これは和解調書とそれに至る事件記録という公文書に記録されている。

 すなわち、この和解調書は事実上、相続欠格構成要件を認定するものとなっている。

 なお、前述の遺産分割無効確認請求訴訟の期間中、後見申立人(=控訴人C3)は担当判事に「法定遺言事項が記載されているので相続に関する被相続人の遺言書であり、遺産分割協議書偽造により不正な利益が実現しているため相続欠格である」との内容の上申書を提出し、これは受理されて事件記録に綴じられている。

 ここで紹介している第一審・第二審の前訴となるのが、この遺産分割無効確認請求訴訟であり、後見人からいっさい人権を擁護されることのなかった実母の相続人として提起したものである。

 

 では、そもそも控訴人の主張はいったいどのようなものであったのか。

 

 上述の説明と同様のものが「控訴人本人」の作製した控訴理由書第二部の内容である。

 その控訴人作成の控訴理由書はどうなったのか。控訴理由書は、弁護士作成の第一部、控訴人本人作成の第二部の二部構成となっている。

 第一部においては、第一審判決の内容に即するものではあるものの、検認未済の遺言書、すなわち「遺言に関する不当な干渉行為」のおこなわれたところの遺言書の外形について述べているだけであり、これと民法891条5号とは何の関係もない。

 第二部においては、控訴人本人がこれまで本頁において説明してきたことを詳細に述べている。

 これについて、次回詳述する。