挿し木、うれしい根[ね]。
邪気を払うというか・ウイルス退散というか[こちら]そんな願い
を込めて、ラベンダーやローズマリーなどのハーブ類を増やそう
と画策して5週間ほど。
挿し木したり枝を水栽培しているものが発根してきましたよ♪

左が室内で水栽培しているもの。右は室外での鉢栽培です。
多少見えづらいですが土栽培のものは
鉢の底面部から根がみえてきています。
そしてこちらが 水栽培。

葉をとった部分のそこかしこから、新根がいっぱい。


そしてこれから・・ですが、最低気温が15度くらいにあがって
きたなら
● 鉢栽培分の苗は鉢からぽんと取り出して、庭に直植え
● 水栽培の苗はいちど土の鉢に植え直して、その後直植え
といった方法で定植していこうと予定しております。
苗を植える時期を図る目安としてイネの田植えの例
のおはなしである「田植えは虫のしらせで」の回は
こちら。イネの発根を促す資材のはなしは こちら。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
キツツキ。通信者。
九州北部でも積雪があったほどの寒さが もどった先週。
目覚めてすぐに 戸外の水道管の凍結はなかったろうか・
・・そとの気配をうかがいながらベッドのなかで気をも
んでいたちょうどそのとき、
とんとん ととんとんとん とん
という、そうまるでモールス信号のような通信音っぽい
音が聞こえてきました。ついついクロエモレッツのでた
映画の≪モールス≫を思いだして、誰かが外の様子・寒さ
の具合を教えてくれてるのかな・・・などとおもいつつ
分厚いコートを羽織っただけの姿で、それとなく急いで
ドアを開けて庭にでてみると、


そこにいたのはスズメほどのおおきさの小型のキツツキ。
射してきた朝のお日さまのひかりを受けながら、樫の樹
の先端部分の枝のそこかしこをつついてまわっています。

コゲラかと。
人を警戒しないこの愛嬌さは、かわいらしいですね~。
水道管が凍結して破裂してしまうほどの寒さは勘弁して
ほしいけれど、ただしかし葉っぱの少なくなるあいだに
その姿かたちをはっきりと見せてくれる冬の来訪者はウ
エルカムですね♪
ちなみに、昨晩からタオルなど巻いていちおうのケアを
していた水道管は、おかげさまで無事でした。ほっ。
その生態から、大きな樹で・しかも樹勢が弱って
きた木に巣くうキツツキ類。ここのところ都市部
で、今回のコゲラなどがむしろ増えている・・と
いわれているのは、都市部の樹木が手入れ不足の
ためによわってきているのが原因やも・・しれま
せんねえ。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
ハーブ。ハーブでしばく。
以前のハーブの挿し木関連で、1月の回再掲載です。
次回の経過報告の資料として よろしかったら。
↓

キイボードをたたくときも お茶するときも、夜も 昼間も

いつも みじかに置いている、ハーブの枝の 一輪挿し。
コロナウイルスの蔓延するにいたった現在/いまは、その
傾向に拍車がかかり[ハーブな生活はこちら]、
上記の一輪挿しと併せ、ハーブのせん定枝を束ねて、外出
したときなどは車中に持参して、
用事を済ませて車内に入ろうとする自らの身体を、まるで
北欧のサウナで ペシペシと人肌を打つ白樺の枝のように
はたまた
“段平のハガキを見てパンチの練習をする矢吹丈”のように
ハーブの枝でペシペシペシペシと“打つべし”してます/笑。
ちなみにこちらが 車中に持参している 枝ズ。

左はローズマリー。右は 神道でお供えする かみじゃかき。
行った先と 気分によってつかいわけております。
ウイルスにはきかないとはおもうのですけれども[こちら]、
まあ 良い香りに包まれると気分よくなることだし、よろ
しかったらお試しを。。
さらに個人的な希望とすれば事務所に帰社したときなどは、
“チャンパラトリオのハリセン”よろしく、いやおうなく捉え
られ、ハーブの太枝をもって待ち構えている会社のヒトに
向かって放り投げられ叩いたりしばいたりしてもらいたい。
そんな気分。
で、そんな個人的なハーブ枝需要の高まりをうけて


とくにローズマリーを主体に 鋭意挿し木で増殖中~。
ちなみに大きい写真の、ローズマリーに囲まれた
真ん中の鉢は、デンタータとピナータのラベンダ
挿し木となります。→ 薬草の役僧の話はこちら
魔女とハーブのはなしは こちら。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
まぎれもなくサツマ!サツマゴキ。
事務所のダスキンの交換日は あさっての木曜日。
と、いうことで
朝からばたばたと清掃作業にいそしんで、事務所室内ではある
のだが普段はあまり清掃しないダンボール置き場を掃除してい
ると・・・ダンボール箱の横に 5センチほどのなんだか黒い
物体を発見。
パッと見して、なんだかいやな予感。
そう、ゴキのような気がしたんですね。
うーん、爽やかな朝の、掃除にかかったとこからこれかい
とおもって、片付けはまた次回かかることにしようかななど
とも考えたのですが、

見ちゃったからには見て見ぬふりもできまいと覚悟を決めて
やっぱ片付けよう、冬なんだし、死体だろうし
と、思いながら 近寄ってみると・・・
あ、なんだ、サツマゴキブリじゃん♪ と、ひと安心。
そう、5年ほどまえから宮崎県の海岸部でも見かけはじめた
[こちら]、ふだんは屋内ではなく野外を生活の場としている
サツマゴキブリでありました。

きっと なにかのひょうしに室内に迷い込んで、まずは水分
補給できなくなって、そのごの厳冬で こときれたにちがい
なし。 まして冬期は 室内パトロール隊長のアシタカグモ
も[こちら]冬眠中だろうし。
と、そのように思えました。

で。 手で触るのは憚れたので、新聞紙をつかってモップの背
にのせ、屋外へ排出。めでたしめでたし。
としたのですが、ここでやはり小さな不安が。そこでモップに
乗ったサツマちゃんに
・・・室内で生活・繁殖してるわけじゃないよね、ね?
と 問うてみましたが、もちろん返事はかえらず。。うーむ。
→ アシタカとともに室内パトロールもときどきはしてくれ
る こちら、神棚の百足さまもこうなるとはやく目覚め
て欲しい。
テニスのオーストラリアオープンでの ティーム選手。
地元のキリオス選手との対戦時にコートに落ちてきた
虫を 手で触らずに苦労して虫をラケットに捕まらせ
て排除してたのですがその気持ちよーくわかりました。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
キツネにつままれたようなスッキリ感。。
ちょっとした工夫は経営にとって必要ですよね。おきゃくさんに
気を使わせたらいけない例・次回関連として、再録ですがよろしかったら。
↓
バスなどの交通機関にのったとき、座席についている お茶などの
飲み物のボトルをいれるちょっとしたカゴとか、テーブルについた
凹みとかありますよね。

これって、 じつに便利な工夫でボトルをずっと持たなくてよいの
で実に助かります・・・なんて こんな文章を改めて書かなくても
よいはずのことなのは 百も承知のはずなのですが・・・・
一昨日の熊本出張に使った高速バス での できごと。
座席でお弁当をたべようとして、お弁当と一緒に買った 飲み物を
取りだし、座席のテーブルに設けられている凹みにボトルをいれよ
うとしたら

これがなんと

はいらない!
ええっ、マジかよっっ・・・て、おもわず声にだしてしまう自分
がいました。 なにせ生まれて初めての出来事だったもので。
お弁当を置こうにも、おいて置けないほどの ただでさえ小さな
テーブルなのに加えて、しかもボトルも立てられないなんて。
さらにこれから人吉~八代のあいだの 九州征伐時の 世に言う
太閤がえしの、急峻な山々の間を縫って走る 右往左往の走行が
はじまるというときなのに、この状況でどうやって食事をとらね
ばなのか と 途方にくれる[大げさですけれど/笑] 自分。。
これがもちろんのこと、なんど試してみても改善できるものでも
なく、
たとえば ハルクみたいにボトルの底を力任せに押しつぶしたら
いけるかなとか、ひょっとして テーブルの凹みが調整できるの
かななどと、ちょっとの間だけ 思考&試行してみたのですけど
できるはずもなく
とりあえず じっと ボトルを見つめる。。

そんな困った状態にあった まさに そのとき。
なにものかが、自分の頭のなかでささやいたのです。
こうしたらどうよ と 。 
そしてですね、やってみましたら、これがなんと驚きの・・・

ジャストミートぉぉぉぉ ならぬ じゃすとふぃっととととぉ。
この爽快感っていったい・・・って思うほどに、すっごくきも
ちよかったのですが、よくよく考えたらなんかちがいますよね。
けれど まあとりあえず多少不便ではありますが、いちいち蓋
の開け閉めをやりつつ、お弁当をたべることができました。
ということで今回は、高速バスで体験した キツネにつままれ
たようなスッキリ感。。についてのおはなしでした。
ちなみにこのバス。乗降口部分の壁面下部の鉄板に
エジプト風の絵文字の↓[打ち出し模様中央付近]が。

このようなバスの装飾には、これまで気にしたこと
もなかったけれど、これからは気にしてみたらどう
と これもまた 思わされました。
「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
浸種について[水稲種子]。
前回[こちら]と順番が逆になってしまいましたが、浸種について
の留意点となります。

いじょう、昨今の収穫時の高温の影響ということで、種子の休眠
が深くなっていることに対する対処 ということになりますね。
あわせて本田の準備の時期となります。例年のこと
ですが、 ジャンボタニシ[こちら]や雑草[こちら]
が多い水田では寒いいまの時期にぜひ田起こしを。。
“田をかえせ~”という妖怪の話については こちら。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
活着の良い苗をつくる[早期米研修会要旨]。
例年であれば、2月の第一週に各地で開いている早期水稲の栽培
研修会 の研修要旨となります[本年はコロナウイルス対策の一環
として要旨を文章としてお届けします]。
よろしかったらご参考までに。
↓
さて、本日の勉強会は 水稲育苗のはなしが中心であったのですが、
なかでも田植え後のスタートダッシュでつまづかないように「活着
のよい苗をつくる」という点を中心に 話をしますと・・・
そのような苗をつくるポイントとして大事なことが3つあります。
1. 苗を徒長させない
2. 苗に肥料切れをおこさない
3. 苗の根の張りを良くする
といったことが挙げられます。そこでそれぞれの注意点について
の説明にかかりますと・・・
1番の徒長に関しては
■ 播種量を多くしない
■ 発芽が1cmになるまでに、シルバーをはがす
■ 徒長気味の場合はアクセル2号の300倍を散布する
という点が大事になります。そのうえで、水のやり方と温度の温
度管理を的確にすることで苗の徒長を防ぎましょう。具体的には
緑化以後の昼間には、ハウスの肩をあけて通期を良くすることが
大切になります。
2番の肥料切れに関しては、本場が黄色くなる前の予防的な有機
液肥3号の追肥施用をおすすめします。
3番の苗の根の張りを良くするには、
■ シルバーを剥がした際には、かん水を1日だけ我慢する
■ 「マグホス細粒」の箱当たり30-40gの追肥
などの施策が効果的です。もちろん苗床の土にあらかじめマグホ
スを入れられている方も多いとは思いますが、そのような場合は
アクセル2号のかん水施用がおすすめです。
以上の3点の改善点を守られて、本年もがっしりとしたじょうぶ
な苗ができることを期待いたしております。
3月半ばより始まる早期米の田植え。田植えの後に
ときには田に氷が張ることもあるという、イネの
作型についてのおはなしは こちら です。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
叩殺っ、チカイエカ。。
蚊といえば夏のあいだのもの・・・という世間の常識を覆して、日本
の冬のあいだの気温10度度程度の環境下でも吸血行動に及ぶという
チカイエカ。
たとえば戸棚の隙間とか、机の引き出しの裏側とか、ハンガーラック
に架けている衣類の裏側とか、とにもかくにも奥の奥の奥まった場所
に潜んで蚊取り線香や電気式の蚊取りマットなどの捕殺器具の発する
空気をやりすごし、
ヒトがウトウトしばじめるとみるや、その瞬間/ときを狙っていっきに
襲ってきます[前回分は こちら]。

潜んでいのがわかっていて対策をとっていたにもかかわらず、駆除す
ることができなかった、そんな手ごわいチカイエカだったのですが、
最低気温がぐっとあがった2月01日の雨の日の夜、午後0時まえに
室内をふわふわととんでいる姿を運良く発見し、両手で叩いてようや
く駆除に成功しました。

宿直時の夜明け前に布団にいたところを襲われたり、パソコン仕事を
しているときに、いつのまにやら耳のウラ側を吸血していったこやつ。
なかなか手強い個体でありました。
ということで、どちらかというと九州というよりも関東などに多いと
いう吸血動物でありますから、冬であったとしても “あれ、なんだか
蚊みたいなものが飛んでいたぞ” とか、寝ていてブーンンというよう
な飛翔音を聞いたりしたときには、このチカイエカの存在を疑ってみ
てくださいね。
・・この日は急激に気温があがっていたので普段は冷静な
チカイエカとはいっても、そこはやはり蚊の仲間ですから、
ついついうれしくなってはしゃいで飛び回ってしまった・
・・なんていうところだったのでしょうか。そしてそんな
チカイエカいじょうに駆除できたこちらも、ついつい は
しゃいでしましました/笑。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
かっこよかった“ハチの一刺し”。
ハチは一度人を刺したら死ぬと言われています。今のわたし
はハチと同じ心境です」・・・と発言し、田中元首相側が必
死に 無罪を主張している最中、検察側証人の切り札として
東京地裁に出廷し、次々と重大発言を繰りだした榎本三恵子
氏は 当時なんだかすごくかっこいいなと個人的には思った
ものですが・・・
もしも巷間言われているような こんな疑惑が、当たらずと
も遠からずなことであるならば、そしてその件に関してなに
か発言したいことが案里氏ご本人におありになるとするなら
ば・・・
ここはひとつ、案里氏にも榎本三恵子さんばりのご発言を
期待したい。
と、そう思ってしまうのは、おなじ宮崎県生まれのわたくし
だけではなく、もちろん案里氏の選挙区の方々にかぎらず、
国会議員の皆様、とりわけ自民党の議員の皆様にも共通する
思い[こちら]なのではないのでしょうか。
2020年の01月15日の夜。東京都内の議員宿舎において
記者団の取材に応じ捜査中を理由に事件の説明を避ける一方
で、「日本を変えるためです」などと訴え、国会議員を続け
る意向を示した案里氏[こちら]。そんな案里氏ののたまわれ
ること、とにもかくにも きいてみたーい。
のちにペントハウス誌にも登場された榎本三恵子
さん。お似合いのショートカット&スタイルの良
さで、ご発言同様のかっこよさでした。
「夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜」
メキシコ女王の宝伝説』忘備録。
前回のつづきです。関連として2006年分となります。
よろしかったら。
↓
メキシコ女王の宝伝説 / 2006-04-08
『島の浦(延岡市の北東部にある島)の鰹釣りの漁師が漁の帰り
大きな木製の棺を見つけたそうでございます。なんだろうと
思って中を開けるとミイラ化した女性の遺体と共に目もくら
むような黄金の装飾品が入っていたそうでございます。
驚いた漁師達は黄金に目もくれることなくたたりを恐れ、人
に知られないように隠し、その隠し場所は一生、決して口外
しなかったそうです。』
宮崎県延岡市に伝わる伝説です。
いろいろな話があるので、かきそえてみましょうか。
『江戸時代末期の嘉永4(1851)年、島野浦の1漁船が漁
を終え、港に帰る途中、海藻が巻きついた立派な材質の丈夫
な木箱が浮かんでいた。
舟に引き上げ、開けてみると見たこともない横文字の書いた
品々の下から金髪の頭が見えた。よく見ると、顔面蒼白な異
国の女性の遺体であった。
船頭は後難を恐れ、船員全員に口外を厳禁し、そのまま蓋を
し、ひそかに島の南にある小さな無人島に埋めた。』
もうひとつ。
『江戸時代も末の嘉永4年(1851年)島野浦島の1漁船が
漁を終え、港へ帰りをいそいでいた。港を目前にしてときな
らぬ船頭の声にみんないっしょに船べりをのぞいてみると、
海草がまきつきはっきりわからないが、りっぱな材質の頑丈
な四角の木箱がうかんでいる。
舟にひきあげて厳重にとざしたふたをあけてみると、みたこ
ともない横文字のかかれた品がいっぱいつまっていた。それ
らをとりのぞくと驚いたことに金髪の頭がみえ、さらによく
みると顔面蒼白なすでに息たえた異国の女性がすわっている。
びっくりした船頭は後難をおそれて乗組員全員に口外するこ
とを厳禁しひそかに島の南にある無人の沖の小島にうずめた。』
話がだんだん詳細に、そして箱にはいっていた女性に関する記述
が、より詳細になってます。まだ↑の話とは別の文章もあります。
『江戸末期、島野浦(延岡市)の漁師がカツオ漁に出かけ、そ
の帰港の途中、波間に漂う大きな木箱を見つけた。漁師たちは
好奇心にかられて拾い上げた。海藻や貝が付着していた木箱を
手おので開けると、中には白骨死体があり、金髪の頭部に、赤
や青の宝石をちりばめた黄金の冠が光り輝いていた。
漁師の間ではその冠を取り出そうという意見も出たが、後のた
たりを恐れ、小島にそのまま埋めることにした。そして、この
ことはどんなことがあっても決して他言はしない、二度とこの
島に上陸はしないと誓い合った。』
このはなしでは、女性の頭部にあったという冠がでてきます。
と、こういった話それぞれが、地元でしられる『メキシコ女王の
宝伝説』 です。
ツッコミどころ満載の話でおもしろいのですが、なぜに読めない
字なのに、メキシコ関連の棺と確定されているのがおもしろいの
ですが、これはですね 、後の時代の人[学者の調査とかで]が、
どうも こじつけたらしい。
そのご この話には
『そのころメキシコで内乱があり、 島の人々はこの白骨死体を
メキシコ女王と信じた。今も、海に流した女王のひつぎが潮流
に乗って流れ着いたのだと言い伝えている。』
とか
『スペイン人によって滅ぼされたアステカの文献に、追い詰めら
れたアステカの人々が亡くなった王女の棺に黄金を詰めて、太
平洋に埋葬した記録が残っていることと、海流に乗った棺が、
オーストラリア近辺を回り、黒潮に乗って、日本に接近した可
能性は非常に高く、年代も一致する』
といったような、まことしやかな話がくわわってきます。
アステカ人をはじめとする当時のメキシコ人ってば金髪なの?っ
ておもっちゃいますが、まあ、そんな方もいたのかもしれません。
また どこの学者が・いつ調査をしたのか というはなしも気に
なりますが、この件についての詳細な話は、自分は きいたこと
がありません。
ただ、これらの話に共通することから考えて、
■ 江戸末期に
■ 現・延岡市島野浦の海で
■ カツオ漁船が漂流する大型の木製木箱を発見
■ 中には女性の遺体がはいっていた
■ そのご箱ごと島浦近辺の小島に埋めた
といった出来事があったというのは、本当の話と思われます。な
んといっても当時延岡藩を収めていたのは、たいへんな “メモ魔”
であった内藤家が書き記していること。前回にもありましたが、
延岡藩関係資料に、1846年7月24日、島野浦のカツオ釣
り漁船の乗組員が島の沖で漂流していた長さ約2メートルの木
箱を船に引き揚げた。箱の中には頭部の骨や三つ編みの長い髪、
靴、青い布切れ、ボタンがあり、近くの小島に埋葬した
とあることから、この記述は 信用できるものであると思います。
ただ、口外するなとの船頭の話とは裏腹に記録に残っているとい
うのが、これがまたおもしろいですよね~。
それにしてもの1846年。
1839年:清の林則徐がアヘンを焼く。
1840年:アヘン戦争が起こる(~42年)。
1841(天保12)年:水野忠邦が天保改革令をだす。
1841(天保12)年:高島秋帆が江戸・徳丸原で洋式銃隊の訓練を行う。
1842(天保13)年:外国船打ち払い令をゆるめ、薪水・食料の給与を許す。
1842年:清とイギリスの間で南京条約が結ばれ、五港の開港と香港の割譲が決まる。
1843(天保14)年:幕府が人返し法・江戸や大阪十里四方の上知令を出す。
1843(天保14)年:老中水野忠邦が罷免される。
1844(弘化1)年:オランダの軍艦が長崎に来て開国を勧める国書を届ける。
1844年:清がアメリカ・フランスと通商条約を結ぶ。
1845(弘化2)年:漂流民を浦賀に送ってきたアメリカ船を鎖国を理由に帰らせる。
1846(弘化3)年2月:伊豆韮山の代官・江川英竜が伊豆7島を巡視し、海防に関する意見書を出す。
1846(弘化3)年4月:イギリス船・フランス軍艦が琉球に来る。
1846(弘化3)年5月:アメリカ東インド艦隊司令長官ピッドルが浦賀に来て国交を求める。
1846(弘化3)年:孝明天皇即位。
1846年:アメリカとメキシコの間で戦争が起こる(~48年)。
1847(弘化4)年6月:オランダが再び開国を勧める。
1848年:カリフォルニアで金鉱が発見される。
1848年:マルクスが『共産党宣言』を著す。
1848年:パリで二月革命が起こる。
1849(嘉永2)年4月:イギリス測量船が浦賀に来航し、江戸湾を測量する。
1850(嘉永3)年10月:佐賀藩が反射炉を作る。
1850(嘉永3)年12月:江川英竜が韮山に反射炉を作る。
1850年:清で太平天国の乱が起こる。
1851(嘉永4)年1月:土佐の漁師・中浜万次郎がアメリカ船に送られて琉球に来る。
1851(嘉永4)年8月:島津斉彬が鹿児島に製錬所を作る。
1852(嘉永5)年8月:オランダ商館長が明年アメリカが来航して開国を要求することを伝える。
1852年:フランスに帝政が復活し、ナポレオンが皇帝になる。
1853(嘉永6)年6月:アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが軍艦四隻を率いて浦賀に来る。
1853(嘉永6)年7月:幕府がアメリカの国書を諸大名に見せ意見を聞く。
1853(嘉永6)年7月:ロシア艦隊司令長官プチャーチンが軍艦四隻を率いて長崎に来る。
1853年:トルコとロシアの間でクリミア戦争が起こる(~56年)。
1854(安政1)年1月:ペリーが軍艦七隻を率いて再び浦賀沖に来る。
1854(安政1)年3月:ペリーと日米和親条約を結び、下田・箱館の2港を開く。
1854(安政1)年3月:吉田松陰がアメリカへの密航を企てて捕らえられる。
1854(安政1)年7月:日章旗を日本国総船印に定める。
1854(安政1)年8月:日英和親条約を結ぶ。
1854(安政1)年12月:日露和親条約を結ぶ。
1855(安政2)年7月:長崎に海軍伝習所をつくる。
1855(安政2)年10月:江戸で大地震がおこる(安政大地震)。
1855(安政2)年10月:日仏和親条約を結ぶ。
1855(安政2)年12月:日蘭和親条約を結ぶ。
といったような、天下泰平といったイメージの強い鎖国の夢が覚
めようというべき大事件がつぎつぎとおこっている大変な時代だ
ったんだなあ・・と感嘆ものです。
つづく。