どんなお花をつくってみようかな。
仏壇のない家がふえているようですね。それに伴って仏壇に飾る
お花の種類も変化してきました
。以前、仏花といえば菊。菊でな
ければいけないといった風潮さえあった時代が夢のようです。

いいことだと思うんです。仏壇はないけれど、故人の好きだった
花や自分のすきな花を、写真のそばに活けてみる。たとえば「お
ばあちゃんの好きだったユリやバラをかざってあげたい」なんて
想う心が、なんだかとてもほほえましい。

都市部のお花やさんで売れる仏花はとくにこの傾向が強いのだと
か。ヒマワリやガーベラ、バラにデンフェレなどのリクエストも
多いといいます。品種に詳しくないお客さんも「明るい花束を」、
「ピンク系に仕立ててください」と、注文をされるのだそうです。

そんなはなしでがあったなら、ガーデナーとしたら、その傾向を
もう一歩すすめたいですよね。そう、自分の庭やプランターで作
ったお花を飾りたい。リビングや床の間、お気に入りの家具の上
においた大切な人の写真の横を自作のお花で彩りたい。

そうしたならば・・・

こんな楽しみもあると思うんですよ。それはたとえば故人の好き
で育てていたお花がハーブであったとしたならば、そんなハーブ
を育てることを通じて、ハーブを栽培していた故人の体験をあな
たも追体験することができること。

「こんな生育状態のとき、おばあちゃんなら どうしてたんだろ
?」とか、「育ててみてわかったんだけれど、わたしもこのハー
ブの香りが好き、好みがいっしょなんだなあ」なんてかんじで、

お花つくりを通じて時間と空間を越えた故人との会話が可能にな
る。これって、あなたの身体のなかに確かに存在するおばあちゃ
んの遺伝子を確認する行為でもありますよね。

・・・なんだか いいなあ。

さらに よくよく考えてみれば、こういったガーデニングによる
仏花の手作りは、経済が発達する以前の「自然な供養」の姿では
なかったのかなとも思います。そうであるなら、この『手作りの
お花で供養』運動は、業者の手にわたっていた供養という行為と
「供養花」を自らの手にとりもどす行為ということにもなります
ね、きっと。

これってつまりは お花版の地産地消、お花版スローフード運動。
っていうか 『スローフラワー運動』 ですね。ふふふ。


晴れ 前回はヒガンバナのはなし[こちら]だったのですが、
  そういえばおばあちゃんはゼラニウム育てていたな
  とおもいだしたもので、この秋はゼラニウム育てて
  みようかなと画策ちゅー。。

 51P4M6yKWYL__SL500_SS75_.jpg夢で終らせない農業起業」「本当は危ない有機野菜

のの