アルコール依存症治療専門病院を退院させてもらい
俺は DNC(デイナイトケア)センターという中間施設へ入所した



病院では給食をキャンセルできない
が DNCセンターでは キャンセルできる

ならば と俺は張り切って病院給食をキャンセルして
毎日 自炊していた



入院前から自炊は けっこうしていたのだが
作ってる途中で酒が入りだす と食欲が まったく なくなり
米が炊けても ほったらかし
作ってる途中で めんどくさくなって 食べない
なんてことが しょっちゅうだった から

これだけ真面目に自炊に取り組むのは
生まれて初めてのことだったように 思う



炊事場が共同なので 人と揉めないように使わなければならない

まずベッドの横で
牛蒡 白菜 大根 人参 セロリ 玉葱 大蒜 肉 などを
切って 炊事場に持っていく
ベッドの横で切るのは炊事場を使う時間を節約するためだ
炊事場にたどり着いたら
まずは野菜の水洗い
その間に煮干しを空炒りして
次に大蒜 玉葱を炒めたあと
水を切った野菜を投入
蓋をして3回ほど蒸したら煮干しを入れ
そのあと ぬるま湯を入れる
水ではなくぬるま湯を入れるのは
水だとダシが出すぎて 野菜が味気なくなるからだ

15分ほど煮たら 出来上がり

ローズマリー バジル オールスパイス マジョラム フェネグリーク
などを どこで入れると おいしくなるか などを研究している

香辛料は楽しい
気分が変わる

こんなアル中病院で 楽しみながら 料理できるなんて
香辛料に 感謝 感謝 だ

『炊事場の奪い合い』
なんて 以前に書いたが
喧嘩に なったりしたことは ほとんど ない

みんな おんなじ病気で苦しんできた仲間なんだ

ふり返ってみれば イライラ カリカリしてたのは
俺だけ だったような気もする
仲間たちにも 感謝 感謝 だ



アルコールはカルシウムを つくる働きを阻害するのだそうだ

俺も足が悪い

煮干しを張り切って 食べているが 治りは しない

なんで こんなことになってしまったんだろう

せめて これ以上 悪くさせないようにしたい



と当時の日記に書かれている

酒をやめたら なんでもかんでも 改善されるわけではない

アルコール依存症なんだ 病気なんだ と思い
しんどくて当たり前くらいの
覚悟が あれば 比較的 楽な気持ちになれる
まったく やっかいな病気に なってしまったものだ


ともあれ 実に貴重な体験を させてもらった
自炊は 楽しい
食べることも 楽しい
たくさんの命のおかげで生きていられている
まわりのアル中たち とも炊事場を 奪い合って 譲り合って
多くの命に 感謝 感謝 だ
アルコール依存症治療専門病院を退院して 俺は
DNC(デイナイトケア)センターというハーフウェイハウス 中間施設へと うつることとなった



2月になり
DNCセンターに入所して 1ヶ月が経ち
だいぶ生活のリズムも出来てきて

俺はこの頃
な~~~~~~~~~~んにも しない
ということに挑戦している

俺は なんにもしない
というのが 昔から苦手で
入院する前も
休みの日なんか ボケッとしてるのがイヤで イヤで
でも 酒癖が悪いから 友人たちと遊ぶ予定 なんてものも入るわけもなく

ただ ただ ひとり で酒ばかり飲んでいた



なんにもしない ということが苦手だったから こんなことになってしまったんだ

今後のために なんにもしない 練習もしとかなくっちゃな



と ばかりに張り切って なんにもしない という訓練に
ひとり で取り組んでいた

すると 予想していなかった面白いことが起こった



じわ~~~っ と イヤ~~~な感情が滲み出てくる

まるで 膿を搾り出すかのように だ

知らなかった 人間に こんな機能が あったなんて

スランプの時 チャンスを待つだけじゃ ダメだ

こうやって自分の体に問いかけてみる ということをしなくては



イチイチ俺を管理しようとしてくる病院 に対する怒り

共同住居 他の住人 に対する怒り

親 に対する怒り

自分自身 に対する怒り



- なんで こんなことになってしまったんだ -



と メモ帳に書かれている

が しかし その日の夜の日記は
うってかわって明るい内容と なっている
これはホントに面白い発見だった



ネガティブな感情は けして自分の敵では ない

ネガティブな感情はポジティブな感情と同じ天秤に乗っかっている

イヤだ

悲しい

死にたい

殺してやりたい

なんて思うことは 誰にだって あることで
もちろんホントに 死んだり 殺したりしたら いけないけど

そんな自分を 受け入れても いい

自分を どうにかこうにかコントロールしようと 酒を飲んでいた
麻痺させておきたかった

少し敏感すぎるんだ アル中になるような人間は
麻痺させとかなきゃ 生きていけなかったような気質を そもそも 持っている

ここと 向き合わなくちゃ いつまで経っても同じことの繰り返しだ
たとえ酒を飲んでいなかったとしても



なんにもしない という訓練は
俺に 多くのことを教えてくれた

ありがとう ナンニモシナイ の時間よ

ありがとう ありがとう
やってしまへ やってしまへ
酒を呑みたいために 尤もらしい波瀾を起すやつも

-宮沢賢治『作品第1056番』-



アルコール依存症治療専門病院を退院して 俺は
DNC(デイナイトケア)センターというハーフウェイハウス
中間施設のようなところへ入所したのだが



この頃のメモ帳を読み返すと (自分の書いたものながら)なかなか楽しくなる



河童の寿命は100年 卵から孵るのに10年

河童は上から6枚目の甲羅が弱点

ここを触られると 河童はなんでも言うことをきくようになる

河童は人間に何かされると『人間は俺達のことを、どうせ蛙のデカい奴くらいにしか思ってない』とスネる



と 河童についての研究をしていたり



事態の悪化という現象はすべてよけいなおせっかいからおこる(星新一『おみそれ社会』)

宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』は 発表する気のない ただのメモ帳だったのだそうだ



などなど いろいろ本を読んでいたようだ



DNCセンターでは ホントに することが ない
暇で 暇で 困る
人間 困るほどに暇になると 意外に前向きになる というか
何かしようとするもんだなあ という経験をさせてもらった

一生のうちで こんなに本ばかり読んでいた時間なんて
初めてなんじゃなかろうか

入院前にも 本は 比較的好きで
読もうと思って買うんだけれども
読む前に 酒を飲むから 全然 頭に入らなくって
困っていた

好きな人にオススメされた本なんかでも 酒を飲むほうが大事で
全然 読めなかったり して困っていた

困った 困った こんなに困ってるんだから



そうだ 酒を飲もう



ってな もんだった



悩みが先だったのか

酒を味わうために悩みを作り出してたのか

今では もう はっきりとは 思い出せない が

もう あの頃には 戻りたくないなあ・・・

宮沢賢治は 酒飲みが大っ嫌い だったらしい

俺は 宮沢賢治が好きだから もう酒は やめた !やめた !!



と 当時のメモ帳に書かれている
酒をやめる理由を探すのに 必死だった
そんな感じだったように思う