アイヌその27 | ■ALS de 马马虎虎 ■

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als罹患者ミッキーは
「奇妙奇天烈・马马虎虎(マーマーヒーヒー=馬馬虎虎・いいかげん)」なオヤジなのである。

ALS de马马虎虎

アイヌと琉球そして倭の関係その10

松前の人蝦夷地へゆくこと自由にして、蝦夷の人松前へ来ること法度にてならず。

松前氏や道南和人は、ここではっきりアイヌ民族の敵、搾取者にまわった。

北海道の歴史の上で、わずか七百年前、本州から入ってきた「和人」と蝦夷地のアイヌとの交流が激しくなる。室町の中期にはコシャマインの乱がおこり、寛文九年にはシャクシャインの乱がおこっている。


吾妻鏡」の中に、鎌倉時代の初期に犯罪人を「エゾへ流した」という記述があり、流人とはいえこれがシャモ移住の最初の記録である。これはすなわち「擦紋時代の末期」ということになる。

十五世紀、奥羽の豪族の間に戦乱が相次ぎ、津軽の藤崎に居城をかまえていた

安藤氏は、

十三湊に移りアイヌとの交易で勢力をのばし、北奥羽の支配者として君臨した
。しかし、1,432年八戸の南部吉政の攻撃に敗れ、

時の安藤宗家:
安藤森季は蝦夷へ逃れた。それに前後して他の豪族達も、アイヌモシリ南部へ相次いで渡り、現在の函館から上ノ国町の沿岸部には、十二の館があったと伝えられている。

これがいわゆる「道南十二館」で、のちの

「松前藩」の祖「蠣埼氏:
花沢館」もあった。